クランベリージュースとアイスコーヒー
さかな
第1話:クランベリージュース
春の柔らかな日差しの中、帰省のついでに、私は大学時代に通っていたカフェへと足
を運んだ。扉を開けると、あの頃のコーヒーの香りが今も私を迎え入れてくれる。店
内に流れる穏やかな音楽が、心を落ち着かせてくれた。私は昔のように窓際の席に腰
を下ろし、メニューを手に取る。そこで、ふと目に止まったのがクランベリージュー
スの文字だった。その瞬間、心の中で何かが跳ねた。
クランベリージュースが運ばれてきた時、その鮮やかな赤色が目を引いた。ゆっくり
とグラスを手に取り、一口飲む。その冷たさ、酸っぱさ、そして甘さが、あの人との
時間を思い起こさせる。
2019 年 07 月 17 日
「お待たせしました、クランベリージュースになります。」
私は困惑した。コーヒー好きだと聞いてカフェに誘ったのに、彼はクランベリージュ
ースを注文した。
「豆の仕入れも、焙煎も自分でやっているところなのにクランベリージュースを置い
ているんだよ?どんなこだわりクランベリージュースか気になるじゃん。」
私が理由を尋ねると彼はそう答えた。言いたいことは理解できるが、きっとこのクランベリージュースは、普段コーヒーを飲まない人たちのためのメニューだと思う。店のこだわりからではない。万人受けしそうな爽やかな風貌と反して、癖のある人だ。とはいえ、いざ目の前にそれが出されると、どのような味がするのか、少し気になる。
「○○さんも飲んでみる?」
こちらの心を見透かしたようなヘーゼルアイで、彼は微笑みかけてくる。飲んでみたい気もしたが、周りを見てもクランベリージュースを飲んでいる人はいないし、カフェでわざわざジュースを飲むのは気が引ける。そんなことを考えていると、彼が先に飲み始めた。大学の講義やグループワークでは見たこともないような、少し腑抜けた顔をしている。ジュース一つでこのような顔ができるのは、よっぽどクランベリーが好きなのか、素直な人なのだろう。
「クランベリージュースってこういう味なんだね。甘さと酸っぱさを主に感じるんだ
けど、なんかこう、複雑な味がする。おいしい。せっかくだし、○○さんも飲んでみ
てよ。」
そう言って彼は、私の目の前にグラスを置いた。彼の眼はキラキラしている。形容しがたいが言うなれば、公園で男児が自身で作った泥団子を母に見せているときのような、そういう無邪気さをその眼から感じる。何故か断りたくなかった。私はゆっくりと飲み始めた。酸っぱさが先に来て、後から甘さが広がっていく。不思議な味だったが、なぜか心地よい。
「え、おいしい。」思わず私がそう言うと、彼は目じりを垂らしながら笑顔になった。
「おまたせしました、アイスコーヒーになります。本日の豆はエチオピア産のものを
使用していまして…といった味わいになります。」
程なくして私のアイスコーヒーが届いた。せっかくクランベリージュースを分けてもらったし、私のアイスコーヒーもおすそ分けしよう。そう思って私は、彼の前にグラスを置き、コーヒーを勧めた。彼は特に遠慮することもなく、一口飲んだ。
「コーヒーだから苦さは感じるけど、華やかな感じが良いね。なんだかクランベリー
みたい。」
彼はそう言った。ジュースを飲んだ後だからそう感じるだけだとは思うが、感じたことがそのまま口から出てしまう人なのかな。素直で面白い人。そのまま大学や友人の話、好きなものの話なんかをした。気が付けば日は暮れ始めていて、互いのドリンクの氷は解けきっていた。
現在
「お客様、大変申し訳ございません。クランベリージュースとラズベリージュースを
間違えてお持ちしてしまいました。こちらがご注文いただいたクランベリージュース
になります。」
その店員の声で目が覚めるような感覚に陥った。この店にはラズベリージュースもあるのか。ややこしい。確かに、この二つのドリンクを作るとなれば間違いが起きるだろう。となると、私はラズベリーをクランベリーだと思って飲み、思いにふけていたのか。なんとも気恥ずかしい。今思えば、あの人と別れた時も、赤とも青とも言えない何かを一色に決めつけては、最後まで話がすれ違っていたかな。好奇心を理由に、海外に行く彼を、帰ってこないと決めつけてしまっていたかもしれない。そんなことを考えながら飲むクランベリージュースは、記憶の中のものと違って、酸味が強い。私のなんとも言えない気持ちに合わせるかのように、外では雨が降り始めた。雨が止むまで、もう少し、ここで時間を潰そうか。
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