まごころを、彼女に

夢原長門

望月の視点

 好きな人、僕と付き合わないならいっそ死んでくれ。恨みではない。のちに他の男と交際し、体を交わせるのがたまらなく辛い。他の男とくっつくくらいなら死んでくれ。

・・・僕の願いは叶わなかったようだ。


某日13時頃

「それでさー聞いた?かっしー彼氏できたの。」

「えっ。マジで?」

「マジマジ。噂によると絶倫らしいよ。今夜も盛るかもね〜」

それを聞いた瞬間、視界が揺らめいた。



 目を覚ますと海岸に横たわっていた。漣の音。雲一つない群青。白い砂浜海岸。絶望で喉元が熱くなる感覚がする。かっしーが、そうか。大して熱くもない気温なのに、ジリジリと蒸し暑さが押し寄せる。左隣に目をやるとかっしーがいた。まだ目を閉じている、眠っているのだろうか。無理に起こすと申し訳ないので、起きるまで周囲を見ることにした。僕たち以外に人が見当たらず、鳥もいなかった。建物はみなかろうじて原型を留めてる程度で、ひどく荒れていた。青の道路標識が目に止まる。どうやらここは三浦海岸のようだ。

 そうこうしているうちに、彼女が目を覚ました。

「大丈夫?具合悪くない?立てる?」

「ここは、、、もっちー?なんでここに?とりあえず私は大丈夫。」

久しぶりにかっしーに会えた嬉しさの中に、繊維質の後ろめたいような気持ちが残る。

「僕にもわからないんだ。周りに人どころか鳥や虫もいないよ。」

「うーんそっか。とりあえず無事でよかった!久しぶり!もっちー!」

「うん!かっしーも久しぶり!」

二人だけでも無事なことに安堵する。だけど状況を把握せねば。

「かっしーが起きるまで周り見てみたんだけど、廃墟しかないんだ。それで道路標識があって、ここは三浦海岸らしいんだ。」

「なるほど。さっきまで旭川にいたはずなんだけどな。」

「うーんそうなのか。」

携帯がポケットに入っていることに気づいた。幸い生きていたが、圏外になっている。おそらく電波塔も機能を失ったのだろう。時刻を確認すると14時半を回る頃らしい。日付も一緒だ。やはりあの時に一瞬でこうなったんだな。

「日付は今日と同じだ。今は14時半ほどらしい。でも圏外で通信はできないや。」

「ありゃ。まあしょうがないか。とりあえずここから離れて北に向かおうよ。金沢の方まで行けば私の実家があるし。」

「そうだねぇ。でも途中で寄り道していい?」

「?」



 丸一日歩いた翌々日の夜、金沢へ向かう前に逗子に寄り道して夜を明かした後、翌朝に金沢へ向かう算段だ。今夜は逗子海岸で夜を明かすべく焚き火をしている。

「久しぶりだね。5年振りくらい?二人でここ来るの。」

「そうだねぇ。高一の時だからそのくらいかぁ。なんだか懐かしくなってきちゃった。」

「ねー。高校の時は色々あったね。」

「......。そういえば、三浦で意識が戻る前の最後の記憶ってどうな感じだった?」

まさにかっしーが彼氏と盛ってるって事実を突きつけられた瞬間だったなんてとてもじゃなけど言いたくなかった。

「...かっしーが...彼氏とその...えっちなことをしてるって知った瞬間...だった...」

今にも吐きそうだった。まぶたが熱くなるのが面白いほどわかった。そんな僕を察してか、彼女は返答に困っていた。

「そっか...ごめんね...またもっちーに辛い思いをさせちゃった。」

「いや、君が誰と付き合って誰と体を重ねようとそれは君の自由だから...僕が何か口を挟む筋合いはないよ。」

「そっか...」

焚き火の火の粉が舞う。赤い光が消えゆく様は“僕の”将来に他ならない。そう思えてきた。

「かっしーは最後の記憶はどんななの?」

「んーとね。お昼ごはんにとんかつ屋さんに向かってるところだったかな。記憶がブツっと途切れてる。」

「結構お昼ごはん遅いんだね。」

「あはは...」

 夜も深くなり、寝ることにした。夜を過ごすには肌寒い季節になってきた今、二人寄り添って眠った。



 翌日。まだ辺りが霞がかる早朝に目覚めた僕たちは、金沢へ向かった。京急沿いにひたすら歩く。遠くに街が見えるが、ここらと同様鉄の廃墟だろう。気温はそんなに高くなかったが、温帯気候の日本にしては不気味なほど極彩色な緑を纏った植物が茂っている。しかし昆虫の類は見つからない。地球上で僕たち二人だけが動物の生き残りなのだろうか。

「けっこう歩いたね。」

「だね。でもほらもう八景駅に着いたよ。」

「やった!いったんかっしーの家行く前に飲み物とか調達しようよ。」

「うん!でも廃墟しかないしあるのかな。」

幸いにもスーパーの残骸の中にいくらかパッケージが破損せず生き残った食糧や飲料があった。これなら他の地域にも残ってそうだ。生きることはできそうで安心した。

 かっしーの家に着いた。案の定、廃墟だった。彼女の親も見当たらない。今まで誰とも会わなかったからか、彼女は動揺していなかった。

「やっぱり何もない...お父さんもお母さんもいないね...」

僕たちはこの環境に慣れるまでしばらくここを拠点とすることにした。中区の方まで行っても良いが、高層ビルが崩壊してくると危ないし、この方が薪になる木もあって便利だった。



 数ヶ月ほど経っただろうか。新しい生活にも慣れ、僕とかっしーの距離も近くなった。私は彼女のことが依然大好きだ。だが彼女は僕のことを異性としては見ていなかった。

「ただいま菜葉!見てこれ発電機拾った!」

「凌おかえり!えっすごいじゃん電気使えるよ!」

「やっぱり電波はダメみたいだけどね。でもスマホに残ってた曲とか聴けるし楽しいね。」



 さらに半年経った。私は彼女のことを愛していたが、彼女にとって私は結局のところ生き残りの友人でしかなかった。

 僕はこの生活に満足していた。このまま二人きりで生きて一緒に死んでもよかった。だけど苦しかった。菜葉が他の男と体を重ねたこと。変えようのない事実が重くのしかかる。もう汚れている彼女、彼女は僕を愛していない。そんな事実が僕を幾度となく嘔吐させた。



 彼女が隣で寝ている。起こさないように寝床から起き上がり、電気をつけて筆を走らせる。


_____


    ・

    ・

    ・

君を思い出すこと、二度とないから。

忘れること、できないから。

    ・

    ・  

    ・

_____


ロープをもやい結びにする。左の薬指に彼女と高一の頃お揃いで買ったイルカのキーホルダーをはめる。彼女の頬にキスをした。

「さようなら。愛してる。」

首をかけ、踏み台にしていた椅子を蹴り飛ばす。首筋の軟骨が動く感覚がした。

「ぐッ!...」

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