第2話 おっさんエクスプローラー

 ただの道のように見えて所々が魔力汚染で紫色に発光している危険地帯を金髪の狐耳少女ミーナが進んでいく。

 ミーナは頭の狐耳を震わせつつ、魔力汚染された地面を跳ねて避けながら駆け足で進んでいる。


「ケケケ、しっかりとオオカミさん達は付いてきてるみたいだなぁ」

『ひぃ! 汚染の近くを通るのはやめてぇ!?』


 彼女はチラリと横目でノコノコついてきているオオカミエモノを確認すると、邪悪に微笑んだ。ここまで彼女の計画通りである。

 釣りというのは自分を餌に見立てて、狙ってきた同業者を狩る作戦だったのだ。


「ピーピーわめくんじゃねぇぞミーナさん。ちょっと光ってる程度なら街中と大差無いんだぜ? それに恐れるのは大事だが、過剰に恐れるのはダメだって言うだろ? この辺りのハズだが……」

『だってだって……』


 魔力汚染を『ミーナご本人』はとても怖がっている。

 ミーナは見た目通りに頭部が先天的に変異しているため、ゴーレムと入れ替えが出来ずに生身なのだ。生身の体に魔力汚染は大変に危険である。

 どの程度危険かといえば、脳以外の全身をゴーレムと入れ替えた者でも魔力汚染された場所に好き好んで近づく探索者になろうするのは珍しい程度には危険だ。


「あー、後で耐汚染の帽子でも見繕ってやるから、落ち着けって。頭ん中でずっとグズられてたら敵わんぜ」

『約束だよ? 絶対だからね!』

「はいはいっと」


 騒ぐ『ミーナご本人』を頭に手を当てながら宥めつつ、情報として渡された地図と周辺をにらめっこするミーナ。彼女の金色の目は一部が破壊されたガラス張りの建物を映した。


「アレだな。さぁて……釣りは自然な動きが重要だからな。狩られる獲物の気分になって、普通に、焦らず、元気よく探索といきますか」

『不穏だなぁ。不安だなぁ……。でも探索済なんだよね? なんかあるの?』


「おうともよ! 探索済の遺構といったって美味しいところをガブリといただいてるだけだ。あのガラス張りの遺構は魔導文明に乱立していたコンビニっていう店だな。

一日中営業していたから、ゴーレムや魔道具で自動化していたのが特徴だ。店員代わりのゴーレム類は全滅しているだろうが、昔の紙幣やコイン、簡単な魔道具は残っていると思うぜ」

『ゴーレム! 魔道具! 旧紙幣! お宝だ!』


 怖さと興味で半々な『ミーナご本人』に今回の探索済遺構を解説してあやしつつ、ミーナは破壊された場所から堂々と侵入した。


 侵入した店内は荒れ果てているが、整然と並ぶ戸棚が過去のすさまじい品揃えを思わせる。


「ピロピロリン。イラッシャイマッセー」

『わぁ! 誰か居るの?』


 更には特徴的な声が、彼女の変異箇所である敏感な狐耳を刺激した。


 ――金の目が弧を描く!


 ミーナの魔導核に刻まれた戦闘模倣術式が並列起動される。


  ――z__

 【跳躍A】【軽業A】【跳躍A】

 ――z__


「ファミリアマートへッガッガ」

『わーわー! えう!?』


 突然跳躍し、戸棚を足場にして更に跳躍することで天井すれすれまで飛び上がり、天井の出っ張りを引きちぎったミーナは、手のひらに収まった残骸をのぞき込みニンマリと笑った。


 少しの間、残骸は意味の無いうなり声を上げていたが、力尽きたように静かになる。


「ほー。友釣り抜きでも、なかなかの収穫が見込めそうじゃねぇか」

『ひどいよ。殺しちゃったの……?』

 

「コイツはゴーレムのご先祖様みたいなもんだな。修理すれば生き返るさ」

『直るの? ゴーレムのおじいさんなの!? お宝だぁ!』


 脳天気な『ミーナご本人』の声に苦笑したミーナは、音声を出す魔道具を懐に手早くしまいながら、周囲を見て探索の粗さに少々警戒度を上げた。

 いくつかの戸棚が倒れていたり商品が散乱していたりと争った形跡は多いが、こういった遺構の高額換金物である小型の魔道具が手つかずで残っており、肝心の遺物回収がお粗末なのだ。


 次の瞬間……。


 ――驚きで彼女の金目が月のように見開かれる。


 戸棚の間には店員代わりの女性型ゴーレムが上半身と下半身を別々にされて転がっており、生体部品を多く使われて人間そっくりな彼女が胴体を泣き別れにされて転がる様子は、まるで惨劇の後のようだ。

 ゴーレムの残骸は高価なので通常ならば回収して金銭に換えるはずだが、何か荒らされたような痕跡はなく、切り捨てて放置したような状態になっている。


「不味いな。面倒な残り物がありそうだ。強引にでも釣りを済ませるか……?」


 彼女は頭頂から生える耳に手を当てると、勢いよく転がりその場から離れた。


 乾いた炸裂音と共に彼女の居た場所が小さく爆ぜる。


 ミーナは戸棚に身を隠しながら、突然の襲撃者を伺った。


「暴徒ヲ鎮圧シマス! 暴徒ヲ鎮圧シマス! 暴徒ヲ鎮圧シマス!」


 暴徒鎮圧を叫ぶのは、見た目を人間に近づける事を放棄した戦闘用のゴーレム。


 現れた戦闘用のゴーレムは鎧騎士のように装甲化されている。

 体表は人工皮膚の代わりに分厚くて頑丈そうな鉄板で覆われており、特に頭部と関節部は角張ったプロテクターのような追加装甲で厳重に守られている。間接部のプロテクターに刻印されたロゴマークは、彼が警備会社の備品であることを示している。

 特徴的なのは、その両腕に備え付けられたガトリング砲だ。

 ミーナの居た場所を爆ぜさせた程度の威力だったので、実弾が装填されているわけでは無い。しかし、生身でそんなモノを食らえば反抗の意思の前に生命活動を鎮圧されてしまうことだろう。明らかな過剰火力である。


オオカミエモノの前にハンター残り物が来ちまったのか。……良いことを思いついたぜ!」

『せっ、戦闘用ゴーレムぅ!?』


『ミーナご本人』の絶叫は外部に何ら影響を及ぼすことなく、ミーナの脳内にだけ響いた。

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