クォンタム・アルマ<Quantum Arma>

カユウ

第1話 運命の転機

 朝日が昇り、晴れ渡る空の下、俺は重い足取りでQH学園の正門をくぐった。クォンタム・ホライズン学園。通称QH学園。Q-アルマの操縦士や専属メカニックなど、Q-アルマに関連する人材を育成する世界でも稀有な教育機関だ。そして今日から、この学園初の男子生徒として俺の新生活が始まる。


「よし、護斑もりむら 悠哉ゆうや。お前なら大丈夫だ」


 鏡に向かって言い聞かせるように呟いた言葉が、今では自分を励ます呪文になっていた。


 4ヶ月前、中学3年生だった俺の世界は、クォンタム・コアとの高い適性が発見されて以来、大きく変わってしまった。女子であれば、中学3年間かけて教えられるクォンタム・コアおよびQ-アルマに関連する知識、Q-アルマのシミュレーション訓練。そして数え切れないほどの適性テスト。それらを約4ヶ月に押し込んだのだ。全てが目まぐるしく過ぎ去り、気がつけば入学式の日を迎えていた。


 学園の中に足を踏み入れると、そこには近未来的な建物群が広がっていた。まるでSF映画のセットのような光景に、一瞬で息を呑んだ。


 講堂に向かう途中、廊下を歩く女子生徒たちの視線を感じた。その目は好奇心というより、警戒と不信に満ちていた。


「あれが例の男子?」


「なんで私たちの学園に……」


「男にクォンタム・コアの適性があるなんて、本当なの?」


 あちこちで交わされる囁き声が耳に届く。まるで動物園の珍しい動物を見るような目で見られている気分だ。


「そうだよ、僕は珍しいタマゴを産むペンギンさ」


 そんな冗談を言いたい気分だったが、さすがに言えなかった。


 女子生徒たちからの視線を避けようとするあまり、迷子になってしまった。案内板を見て、急いで講堂へと向かう。他の生徒の姿は見えない。慌てて講堂に入ると、すでに入学式は始まっていた。俺が入ると、扉近くにいた生徒からざわめきが起こっていった。俺は、他の生徒が座っていない最後尾の一番端に座る。


 学園長先生が壇上に立ち、話し始める。


「……そして、今年度から特別に、男子生徒を1名迎えることになりました」


 学園長先生の言葉に、講堂全体が静まり返った。


護斑もりむら 悠哉ゆうや君、立ってください」


 呼ばれるがままに立ち上がる。数百人の冷たい視線が一斉に俺に集中する。背筋が凍るような感覚だった。まるで氷の矢が全身に突き刺さるようだ。


「護斑君は、クォンタム・コアとの適性が非常に高く、我が校の歴史上初の男性操縦士候補生です。皆さん、彼を温かく迎えてください」


 学園長先生の言葉とは裏腹に、講堂内は冷ややかな雰囲気に包まれていた。”温かく”どころか、この雰囲気なら南極の氷でも溶けそうにない。


 着席した後も、その重圧は消えなかった。俺は強く握りしめた拳を見つめながら、心の中で誓った。


「必ず、認めてもらってみせる。たとえ全校生徒がアイスクイーンになったとしてもな」


 ◇◇◇


 入学式が終わり、新入生たちは実習場へと案内された。俺の心臓が早鐘を打っているのがわかる。ついに、Q-アルマと対面する時が来たのだ。


 実習場に足を踏み入れた瞬間、息を呑んだ。そこには、白を基調としたスリムな人型のパワードスーツが何機も並んでいた。Q-アルマだ。まるで未来の騎士団が整列しているかのようだ。


「さて、護斑くん」


 新入生が実習場に集まったところで、教官の声が響く。


「唯一の男性操縦士候補生として、君から実機との初めての接触を行ってもらおう」


 周りの生徒たちがざわめいた。冷ややかな視線を感じる。「さあ、ショータイムだ」と心の中で自分を鼓舞する。


「は、はい」


 緊張で声が震える。深呼吸をして、指定されたQ-アルマに近づく。高さは2メートルほど。機体の表面には複雑な模様が刻まれており、近づくにつれて微かに発光しているのが分かった。


「まずは、機体に触れてみなさい」


 教官の指示に従い、恐る恐る手を伸ばす。指先が機体に触れた瞬間、強烈な光が走った。


「うわっ!」


 驚いて手を引っ込める。しかし、その光は消えることなく、機体表面の幾何学模様がより強い光を放っていた。まるで、機体が俺を認識したかのようだ。


「うそ……!」


「まさか、本当に……」


「なんで、男子なのに……」


 周りの驚きの声に混じり、明らかに不満そうな呟きが聞こえる。


「よし、護斑くん。次は実際に装着してみよう」


 教官の声に、緊張で喉が乾く。Q-アルマに触れた時の強烈な光の反応は、周囲の生徒たちの間に驚きと戸惑い、そして明らかな不満の空気を生み出していた。


 装着用のプラットフォームに立つと、技術スタッフが近づいてきた。


「まず、下半身から始めます」


 レッグユニットが両脚に装着される。予想以上の重量に、一瞬バランスを崩しそうになる。


「おい、大丈夫か?」


 教官が心配そうに声をかける。


「はい、なんとか。ズボンが重くなっただけです」と、ユーモアを込めて返す。


 次に腰のユニット。体の中心が安定し、レッグユニットの重量が分散されるのを感じる。それから胸部と腹部のアーマー。ピッタリとフィットする感覚に、息を呑む。


「うわ……これ、カッコいい」


 思わず声が漏れる。周りから、いくつかの冷ややかな笑い声が聞こえたが、気にしないことにした。


 最後に肩とアームユニット。全てが装着されると、まるで巨人の鎧を着ているような感覚だ。


「これが……Q-アルマ」


 俺の声が、少し興奮気味に響く。


「本当に、こんな適合率が出るなんて」


 モバイル端末のディスプレイを見ていた技術スタッフが驚いた様子で言う。


「クォンタム・コアの拒絶反応もほとんどありません」


 技術スタッフが伝える報告に、周囲から再びざわめきが起こる。


「そんな……」


「なんでよ……」


 明らかに不満そうな声が聞こえる。俺は、その声を無視するように努めた。


「よし、では基本動作だ。シミュレーション通りにやればいい」


 教官が声をかける。


「まずは、その場で歩くように足を動かしてみて」


 指示に従い、足を動かす。最初はぎこちない動きだったが、数歩動かすうちに徐々になめらかになっていく。まるで、Q-アルマが俺の動きを学習しているかのようだ。


「次は腕を動かしてみて」


 アームユニットを動かす。始めは過剰に力が入り、大きな動きになってしまう。当たり前なんだろうけど、シミュレーションよりも体にかかる負担が大きい。


「ぐっ」


「もっと力を抜いて」


 教官が指示する。


「Q-アルマは君の動きを増幅するパワードスーツだということを思い出せ。小さな動きで十分だ」


 アドバイスを意識しながら再度試みる。今度はぎこちないもののシミュレーションで訓練した通りの動きになった。


「よくできている」


 教官が満足そうに頷く。


「最後に、軽くジャンプしてみて」


 緊張を飲み込むように深く息を吸い、跳躍。


「うわっ!」


 予想以上の高さに驚き、着地でバランスを崩す。かろうじて転倒は避けられたが、明らかに力を入れすぎた動きだった。


「まあ、初めてにしては上出来だ」


 教官が声をかける。だが、その表情には少し困惑の色が見える。


 基本動作の確認を終えた俺は、実習場の端で技術スタッフからQ-アルマを量子化して格納する方法のレクチャーを受ける。初回のみ展開したQ-アルマを装着する必要があるが、一度装着してしまえばあとは簡単。持ち運ぶときは量子化して収納状態となったQ-アルマを身につけておき、必要になれば思考センサーによって量子化を解除すると身につけた状態になっている。


「まるでヒーローの変身だな」


 つい口に出してしまう。

 てこずったものの、どうにかQ-アルマを収納状態にすることができた。収納状態は、操縦士個々人で異なり、俺は左腕に装着するメタリックブルーを基調としたバングルとなった。


 一息つけたことで、ようやく周囲の空気に気づく心の余裕ができた。入学式中もずっと向けられていた疑心暗鬼や疑いの視線は減り、驚きや興味を向けられている。だが、それ以上に嫉妬や敵意を感じている。


「所詮は男ね」


 どこかで誰かが冷ややかに言う。


「特別扱いされたわりには、こんなものか」


 その言葉に、体にかかっている重力が何倍にもなったような気がした。確かに、俺はクォンタム・コアと高い適合率を示した。でも、操縦技術はまだまだだ。少なくとも3年はシミュレーション訓練をやってきた女子生徒たちと比べれば、素人もいいところ。これからの道のりがどれほど険しいものになるか、想像もつかない。


「頑張るしか、ないよな」


 俺は静かに、しかし強く心に誓った。認められるまでには、まだまだ長い道のりがある。


 不安と決意が入り混じる複雑な思いを胸に、俺はQ-アルマを囲む生徒の輪から外れた場所に腰を下ろした。用意された複数のQ-アルマを使用して、女子生徒たちがQ-アルマへの実機装着を行なっている。どの生徒も、俺のようなぎこちない動きはしていない。


 クォンタム・コアとの高い適合率を示してしまったことで、ここが俺の新しい人生の始まりとも言える。簡単ではない。でも、絶対に諦めない。


 これが俺の運命だと思うしかないのだから。


 そう思いながら、俺は左腕のバングルを見つめた。これから始まる未知の冒険に、期待と不安が入り混じる。だが、この小さなバングルが、俺の人生を大きく変えるのだ。そう思うと、不思議と胸が高鳴るのを感じた。

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