第7章 毒林檎令嬢の本領発揮
第28話 毒林檎令嬢の本領発揮(前編)
八歳の誕生日当日。今年は固有魔法が発現する年齢なので、家族だけで過ごすことになった。
というのも、私は魔力量が多い方なので、固有魔法が発現する時に万が一暴走したら大変だという判断からだ。
「ティアベルお嬢様にはどんな固有魔法が授けられるでしょうか。楽しみですね」
栗色の引っ詰め髪が特徴のメイド・エリーは、朝からずっとワクワクした様子で、「何か兆しはありましたか?」「お昼を回りましたね。発現はまだでしょうか?」と分刻みで尋ねてくる。
「もしかしたら既に発現していて、ティアベルお嬢様が気づかれていないだけかもしれません。やっぱり鑑定師を呼びましょう。エリーが旦那様に掛け合ってみますから」
「ううん、大丈夫よ。固有魔法が発現したら、私もきっとわかるから」
「ティアベルお嬢様がそう言うのでしたら……。でも心配です。私の家では鑑定師を呼びましたので」
そう言って、子爵家出身のエリーは両手を握りこみながらそわそわと歩き回る。
女神の祝福と言い伝えられている固有魔法は、八歳の誕生日を迎えたその日に、魔力のあるほとんどの子どもに発現する。
固有魔法には大小様々な種類があって、動物と会話できるものだとか、空を飛べるものだとか、掃除が一瞬でできちゃうものだとか……わかっているだけでも幅広い。
一般的には教会が呼んでくれた宮廷魔術師団に所属する鑑定師に視てもらうことが多く、鑑定書を出してもらえば就職が有利になったりもするらしい。
「だけど多分、お父様は鑑定師をディートグリム家の敷地に入れたがらないと思うわ。我が家の魔法が他人に分析されるのを、お父様は嫌がるから」
「僕もそう思います。今朝も使用人を集めて、お嬢様の固有魔法が発現した際にはくれぐれも内密にと厳命されていましたので、鑑定師はもってのほかでしょう」
背筋を伸ばし、ぴしりともふもふの尻尾を打ったアルトバロンが頷く。
「お嬢様も、発現した後は不用意にその内容を口にしないでください。使用人たちはお嬢様の固有魔法が発現した、と分かればそれでいいので。試される際は、旦那様のお部屋で行われた方が良いかと」
「わ、わかったわ」
エリーもアルトバロンも、宮廷魔術師団を率いる父を持つディートグリム公爵家の令嬢だからこそ、どれほど危険な固有魔法が発現するかと警戒しているのかもしれない。
「心配なさらずとも大丈夫です。お嬢様には僕たちが付いていますから」
アルトバロンの唇が小さく弧を描く。
どうやら彼には、私が緊張を隠して落ち着いているフリをしていたのがバレていたらしい。
エリーのようにそわそわ歩き回ってはいないものの、実は私も
というのも、この世界では絶対にあり得ないことだが、前世の記憶がある私は、まだ発現していない自分自身の固有魔法を知っている。
白雪姫のごとく可憐な聖女様を害する魔女の老婆、いや、悪役令嬢が使う固有魔法と言ったら
私の固有魔法は、他人を仮死状態にできる禁忌の果実の生成……『毒林檎』の召喚だ。
白髪のごとき長い髪、紅玉の瞳、そして両手でうっとりと毒林檎を持つ十七歳の少女――
【白雪姫とシュトラールの警鐘】の悪役令嬢ティアベル・ディートグリムは、王立魔法学院でも極悪非道の『毒林檎令嬢』の異名で恐れられていた。
貴族生徒の中には、虎の威を借る狐状態で悪役令嬢の取り巻きをしていた子たちも多く、ゲームでは派閥があるような描写もあったっけ。
なんだかんだ、ゲームの悪役令嬢ティアベルはお友達が多かった。いわゆる恐怖支配というやつだ。
どんな因果か私は幼い頃からすでに危険物扱いを受けていて、さらに社交界ぼっちもキメているので、ゲーム本編軸ではどうなってしまうのか……と戦慄してしまう。
……ん? 待って?? 前世の記憶があったからこそ、今の私が幼い頃から恐れられているのだとしたら……やっぱりシナリオは変えられるってことよね????
主従契約を結んだアルトバロンとの関係はすごく良好だし、第二王子レグルス殿下との婚約は結んでいない。
ここまで過去が変わってるのだから、私の固有魔法にも多少のバタフライ効果があってもおかしくない! はず!
……そう期待してから数時間。
とうとう固有魔法が発現しないまま、夕食の時間になってしまった。
そんな時、「旦那様。王宮から使者が来ています」と執事が慌てつつお父様に一通の手紙を渡す。どうやら急な呼び出しみたいだ。
「……王城内演習塔の魔法に不具合が起きたらしい。……まったく、ティアベルの固有魔法も発現していないんだぞ。絶対に呼び出すなと、あいつにはあれほど伝えていたのだが」
休暇を申請していたお父様は、冥府の死神と見紛うばかりの恐ろしい美貌を歪め、「こんな時に」と眉間のシワを五割り増しにする。
ほっかほかの料理を前にして、お父様は軍服を羽織った。
今夜は例年の誕生日とは違い、お父様と家族団欒ができるかと思っていたのに。……なんて、考えちゃダメね。
足早に屋敷を出て行くことになってしまったお父様を、私は使用人達と一緒に玄関先まで見送る。
「……ティアベル、すまないが」
「ううん、いいの。私は大丈夫だから、お父様はお仕事を頑張って。行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる。良い誕生日を。……アルトバロン、ティアベルを頼んだぞ」
「かしこまりました旦那様。行ってらっしゃいませ」
私の背後に控えていたアルトバロンに声をかけて頷くと、お父様は大きな手のひらで私の頭を撫でた。
長いテーブルにぽつんと一人で着席した夕食は、家族団欒はないものの、エリーやアルトバロンが近くにいるから楽しく過ごせた。
シェフやキッチンメイドも来て、「今年はこんな風に誕生日ケーキをアレンジしました」などとこぼれ話をしてくれるので面白い。
八歳の誕生日は、和やかに過ぎ去っていこうとしていた。――その時だった。
「うっ……!」
背後で、唐突にアルトバロンのうめき声が聞こえたのは。
私は慌てて振り向き、マナーも気にせず慌てて椅子から立ち上がる。その瞬間、ふらりとアルトバロンが床へ倒れ込んだ。
「きゃっ! あ、アルト……! どうしたの、アルト! 大丈夫!?」
彼の上半身を抱き起して、揺らさないように声をかける。
「…………う、ぐう……っ!」
「だ、誰か、癒師を呼んできて! お父様に連絡も、早く! アルト……っ!」
赤い顔で苦しげに息を詰める彼の額には、玉のような汗が浮かんでいた。
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