第18話 第二王子の求婚

 

 そうそう。事件の結末はというと。

 炎のグリフォン三体に挟まれ、私とアルトバロンが一瞬にして消えたのに驚いた少年は、その後すぐに正気を取り戻して、固有魔法の暴走を止めることができたらしい。


 涙を止め唖然とした表情の少年を、お父様は『正義感と勇気に溢れた炎魔法の天才』として招待客に紹介し、一連の騒動を収めた。

 怪我人がひとりも出なかったこともあり、招待客は拍手喝采。素晴らしい才能だと彼を褒め称えた。


 不法侵入していた男女二人組は、なんと招待客であったとある伯爵夫妻に宛てた招待状を所持しており、変身薬でなりすましていたとか。しかしながら、少年の勇敢な行動により二人組は無事お縄になったので、パーティーは興奮冷めやらぬ状態でお開きになったそうだ。



 けれども、考えてみてほしい。

 娘を溺愛するお父様が、娘のためにならないことを、わざわざ誕生日パーティーで行うわけがなかったのだ。




 さて――手紙のお返事を出して、かれこれ十日。あの事件の日から約二ヶ月が経った。

 現在、我が家の応接間には、その少年が来ている。


「俺はシュテルンベルク王国の第二王子、レグルス・シュテルンベルクだ。ティアベル嬢に、婚約を申し込みたい」

「…………へっ!?」


 金髪碧眼の整った容姿をした少年は、誠実すぎるくらい真面目な表情で「責任を取らせてくれ。どうか俺と結婚してほしい」と意を決したように告げた。


 パーティーで挨拶回りをしたため彼の名前は頭の片隅にあった。レオン・スタンハイル。

 王宮勤めをしているスタンハイル公爵家の三男、エディ・スタンハイルと共にパーティーへ来ていたスタンハイル家の末っ子。

 今日はそんな、勇気はある正義漢だけれど泣き虫な末っ子属性の少年とお茶会だった……はず、なんだけど……?


 それまでの間、ソファにのほほんと座って季節の挨拶や天気についてなど当たり障りのない会話に興じていた私は、唐突に改められた彼の態度と自己紹介に、体内の血液がサァッと引いていったのがわかった。


「れ、レオン様? 突然、何をおっしゃっているの?」

「それは偽名だ」

「えっ!? 先ほどまでわたくし、レオン様と呼ばせていただいていたのですけれど!?」


 ソファに腰掛けていたレオン様――改めレグルス第二王子殿下は、後ろめたそうに眉を下げる。


「すまない。自分から嘘をついた手前、言い出しにくくて」


 そう言われてみれば、光を集めたみたいに輝かしい金色の髪は国王陛下の御髪と同じだ。そして〝シュテルンの瞳〟と呼ばれる、星空のごとく澄んだ青い瞳も。


 先日とは違い王家の訪問着に相応しい衣服を身にまとい、まるで一等星のような存在感を持つ彼には言われてみれば確かに――【白雪姫とシュトラールの警鐘】のメインヒーロー、第二王子レグルス・シュテルンベルクの面影がある。

 そう、【白雪姫とシュトラールの警鐘】で悪役令嬢ティアベルの婚約者だった、第二王子レグルスの。


 ど、どうして? 婚約するのは私が十五歳の時よね??

 それまではのんびりしていればオッケーと思って、高を括っていたのに……なんで今日、ここで求婚されているの!?

 私、まだ七歳なのだけれど!!!!



 第二王子レグルスはヒロインの聖女様が誰ルートに進もうと、王立魔法学院の卒業パーティーで悪役令嬢ティアベルを手酷く断罪し、婚約破棄して国外追放を言い渡す。


 追放された悪役令嬢はその後、主従契約や番契約の破棄を願うアルトバロンに暗殺されるのだけれど、その暗殺が果たしてアルトバロンだけの意思で行われているかには、疑問が残っている。


 というのも、『禁忌の毒林檎』を食べさせて聖女様を仮死状態にし、魂を入れ替えようとした悪役令嬢への断罪が婚約破棄&国外追放だけというのは、いささか軽いようにも思えるからだ。


 何が言いたいかと言うと、第二王子からアルトバロンへ悪役令嬢暗殺命令が出ていても、まったくおかしくなくて、むしろ――……悪役令嬢暗殺はアルトバロンと第二王子、二人の意思のもとで決行された可能性があるのでは? と。


 ゲームでは描かれていなかった部分が、この現実世界では起こりうる。


 いくら今の私がアルトバロンと仲良くなれていても、もしなんらかの力が働いて国外追放されて、レグルス殿下の勅命でアルトバロンを暗殺者として差し向けられでもしたら……。



『あ、アルト……! 助けて……っ』

『お嬢様を……手にかけたくはなかった!!』


 想像だけで血みどろだ。二人まとめて絶望しかない。



 あわわわわ! と、内心パニックになりながら隣に座るお父様を見上げる。


 お父様、今は微笑み顔の場面じゃないわ!

 眉間のシワを三割り増しにして『娘は嫁にやらん!』と凄む場面なのっ! なんで勝手に満更でもない雰囲気醸し出してるんですかっ!!!!


 いつか迎える婚約について話し合っておかないと、と考えていた矢先の不意打ちに、頭を抱えて叫びだしたい気分だ。

 ううう、第二王子との婚約は、絶対に絶対に『断固拒否』させてもらう予定だったのにぃぃぃ!


「実は、薬草学が苦手だと兄上に話していたら、ディートグリム公爵家の庭園には珍しい妖精植物もあって勉強になるから見させてもらえと言われてね。

 そしたら丁度、ティアベル嬢の誕生日パーティーがあるからと、ディートグリム公爵にお忍びで招待してもらったんだ。俺の側近エディの、弟として」


 そう言って彼の後ろに控えている側近の青年に視線を向けた。


 亜麻色の髪に王族と同じシュテルンの瞳を持つスタンハイル様は、微笑を浮かべこちらに目礼する。その雰囲気から、彼はお父様と王太子殿下と裏で糸を引く仲間なのだろうと察せられた。


「俺の固有魔法の暴走で、ティアベル嬢には危険な思いをさせたこと、大変申し訳なく思っている」


 八歳の少年とは思えぬほどの責任感だ。大層真面目な方なのだろう。

 硬い表情で頭を下げているレグルス殿下に、私は慌てて「そんなっ、どうか頭を上げてくださいっ」と声をかけた。


「相手方に攻撃的な魔法を使われなかったのは、レグルス殿下の固有魔法あってのことと聞いております。こちらこそ、母の残した大切な庭園を盗っ人から守っていただきありがとうございました」

「だが、その……君の身体に火傷の痕が残ったかもしれないと聞いている」

「へ?」

「あの事件の後、ティアベル嬢にはすぐに手紙を出したんだ。けれどひと月半もの間、 返事が来なかったのがその証拠だろう?」


 お、お父様ったら! もらった手紙をひと月半も放置していたなんて……!!


「どうか責任をとらせてほしい」

「責任だなんて。火傷どころか、傷ひとつ残っておりませんわ」

「だが、しかし」


 これは一体、どうしたものか。


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