第4章 第二王子との婚約はお断りします
第16話 手紙
庭園で炎のグリフォンが暴れまわった事件から、一ヶ月半が経った頃。
魔法による修復が終わり、すっかり綺麗になった庭園内のテーブルセットでお父様とお茶をしていたら、お父様が「そういえば、お前に手紙が届いていた」と真っ白な封筒を手渡してきた。
「えっ。お手紙ですか?」
まさか社交界ぼっちな私宛にお手紙がくるなんて。
この世界で生まれて初めての同世代からのお手紙に、訝しんだ私はまず封蝋の紋章を確認したが、見覚えがなく首をかしげる。
とりあえず読んでみるか、と便箋を広げると花の香りがした。優雅だ。すんすん、この香りは……林檎の花!
どうやら私が林檎好きなことに配慮してくれているらしい。ここまでしてくれるということは、毒林檎令嬢なんて異名を恐れていないという意味になる。
えっ、ますます誰?
差出人の名前はないが、お父様が直接手渡してくれたので貴族の子供なのだろう。
便箋に引かれた線の幅をいっぱいに使うほど大きめの文字は、幼さがあるものの豪胆で整っている。書かれていたのは、季節の挨拶、パーティーで振る舞われた珍しいドリンクの感想などなど。それから。
【私の固有魔法の暴走によりティアベル嬢にご迷惑をお掛けしたことを、心より謝罪させていただきたい】
読み進めていくうちに、私はやっと差出人に思い当たった。
あの護衛騎士達に守られながら、涙をはらはらと零していた少年だ。涙する様子とは似つかぬ豪胆な文字に驚く。
続きには【どうしても直接ティアベル嬢にお会いしたい。ディートグリム公爵家をご訪問させていただけないだろうか?】と書かれていた。
「どういうことでしょうか、私に直接会って謝罪をしたいと……?」
「ああ、そのようだな。ティアベルの好きにするといい。どうする?」
銀灰色の長い髪をゆるく三つ編みにして、きっちりと宮廷魔術師団の軍服を着込んだお父様は、ティーカップを片手に切れ長の目元を細める。色気のある紫水晶の瞳は、なにやら企んでいそうな雰囲気を湛えていた。
「どうするもなにも、謝罪するのはむしろ我が家の方だと思うのだけれど……」
そう言って、私は助けを求めるように給仕を手伝うアルトバロンを見上げる。
出会った当初はツンツンの極みだったアルトバロンだけれど、今では随分打ち解けてきたと思う。護衛を兼ねた専属従者という立場上、ほとんどの時間を一緒に過ごしているし。
もちろん彼の鍛錬と私の授業の時間は別々だけれど、年齢の近い主従としては良い距離感を保っていると思う。
メイドのエリーが運んできたワゴンに乗っていた三段重ねのティースタンドから、何も言わずとも私の大好物の林檎タルトを選んでくれたアルトバロンは、私の視線を受けてクールな美貌に涼やかな微笑みを浮かべる。
「悩まれるのでしたら、お会いになられてはいかがですか? 先方が『謝罪をしたい』と申し出ているのでしたら、お嬢様の不利益にはならないでしょう」
「ううん、そうかもしれないけれど……」
なんとなく胸騒ぎがするのは気のせいだろうか。
あの夜――アルトバロンの秘密の箱庭から出ると、屋敷にいたはずの招待客は最後の一人まで見送りを終え、使用人達は各々パーティーの撤収作業に入っていた。
庭園修復のため護衛騎士達に指示を出していたお父様は私とアルトバロンを見つけると、どこにいたのか、どうやって帰ってきたのかも聞かず、無言で私をぎゅっと抱きしめた。
『ティアベル、よく頑張ったな。今夜はもう休むように。アルトバロンもご苦労だった』
今まで何をしていたか詳細を聞き出しはしなかったけれども、その代わりにいつもよりハグが長かった。お父様なりに心配していたようだ。
私を解放した後は、アルトバロンの肩に手を置いて労うように優しく叩いていたから、もしかしたら全てを知っていたのかもしれないけれど。
その後は、お父様から事件のあらましを語られることなく、一週間が過ぎた。
ディートグリム家はとにかく修復作業に追われており、専門家を呼んで繊細な妖精植物の植え替えなどに尽力していた。お父様はお父様で、朝早くから夜も遅くまで王城に呼び出され忙しそうだった。
しかし事件から二週間が経ったある日。
久々にお父様と一緒に過ごせる朝食の席で、ようやく二週間前の事件のあらましを聞くことになり、私とアルトバロンは驚いた。
なんと招待客に紛れ込んでいた不法侵入者が防犯魔法を解除し、ある妖精植物を盗み出そうとしていたことが庭園火災事件の発端だったというのだ。
『最近、上流階級のご婦人の間で〝幸福花茶〟というのが流行っているそうだ。ティアベル、幸福花は知っているな?』
『はい。幸福花は精神を高揚させる作用を持つ妖精植物でしたよね? 月の満ち欠けと摘み取る日によって作用が変化し、満月の晩に摘み取ると、精神を高揚させるだけでなく、平穏で満ち足りた気持ちにさせることから〝幸福花〟と名付けられたとか』
さらに暦と同じく十二の満月によって味が異なり、幸福花の呼び名が変わる。
『よく乾燥させた後にお湯を注ぐだけでお茶として飲め、お茶として現れた色でどの月の晩に摘み取ったか、ほぼ正確にわかると』
『その通りだ。よく勉強しているな。可愛いだけではなく薬草学の知識が豊富なところは、お母様に似たらしい』
『お母様の庭園を、私も守っていきたいもの』
えへへ、お父様に褒められて嬉しい。
私はふにゃりと頬を緩めたあと、『でも知識はまだまだです』と肩を落とす。
『幸福花自体とても美しいですし、ご婦人の間で流行るのも頷けます。けれど、その〝幸福花茶〟とあの事件にどういう関係が?』
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