第15話 二人だけの秘密
吸い込まれそうなほど真っ直ぐに見つめられ、だんだんと恥ずかしくなってくる。
私は照れ隠しに、ニコッと笑みを浮かべた。
「それからね。ここも出たり入ったりできるのなら、『怖い』場所じゃなくて『楽しい』場所にできると思うの。〝秘密の隠れ家〟って感じで」
「……は? 隠れ家、ですか?」
「そう、隠れ家! なんだかワクワクする響きねっ。幼心をくすぐる秘密基地、どこからでも安全圏に避難できる転移の扉! それが魔法仕掛けの秘密の部屋につながっているなんて、最高じゃない!」
私はグッと拳を握って熱く語る。
「さっきアルトはなんて言っていたかしら? 神域の下位互換ですって? そんなの、それこそ神様の尺度じゃない。私の尺度で測るなら、人ならざるものたちに永劫囚われ続けるかもしれない神域より、アルトの固有魔法のほうがずーっと安全で便利だわ!」
「安全で、便利……?」
アルトバロンがぽかんとした表情で「安全? いや、便利とは?」ともう一度呟く。
「だって秘密の隠れ家に自分の意思で自由に入れるなんて、夢しかないでしょう? たくさん研究して、もっともっと便利にしたいわ!」
こんな素晴らしい固有魔法、聞いたこともないのだ。
「アルトの意図した対象ってどこまでが範囲なのかしら? ベッドは召喚できなかったってことは、手の触れた範囲? それとも先にマーキングして範囲指定をするの?」
「えっと、お嬢様……?」
「食事を持ち込んだら食事もできるかしら? 蝋燭が灯っているし、家具は置きっ放しにできるの? それとも部屋自体は記憶の具現化? だとしたら、私とアルトの部屋を――」
「っふ」
矢継ぎ早に質問していると、突然吹き出したような声が聞こえてきた。
「あ、アルト?」
夢中になっていた私はぴたりと固まり、気まずい表情でアルトバロンを見る。
彼はふわふわの狼耳を揺らし、くしゃりと今にも泣き出しそうな顔をした。
「ふふ、はははっ。あははっ」
彼は小さく肩を揺らして耐えられないといった様子で笑う。
サラサラの黒髪が上気した頬にかかり、双眸に散った宝石を砕いたかのような金の光彩が潤みを帯びて煌めいた。
もしかして、は、初めて心からの笑顔を見せてくれた……?
あ、うわ、あっ。胸がいっぱいというか、なんだか、あわわわ、どうしよう……!!!!
居ても立っても居られない幸福感が胸を熱くする。なんだろう、この気持ちは。アルトバロンがかわいすぎるからかしら?
ぎゅうっと締め付けられるほどの幸福感にびっくりして、私は胸を両手で抑える。
「お嬢様にはかないませんね。僕が想像したことのないような案ばかりで、そうですね……お嬢様の言葉を借りるなら『夢しかない』です。……僕の固有魔法は、お嬢様にとって有益なものになり得そうですか」
「有益なんて言葉じゃ表せないくらい、あなたの固有魔法は世界で唯一の素晴らしい魔法よ。我が家のみんなに自慢した方がいいくらいっ」
そう言っておきながら「あ、でも」と考え直す。
この世界で固有魔法は、個人に宛てた女神様からの
多くの人に知られては、幸せへの道が他人によって閉ざされてしまうかもしれない。
それじゃダメだ。……アルトバロンは、聖女様と幸せになるのだから。
「やっぱり、私とアルトのふたりだけの秘密にしましょ! なんて言ったって、秘密の隠れ家だもの」
「はい、我が主の仰せの通りに。……ここは、お嬢様と僕だけの――」
アルトバロンはまるで秘め事の共犯者のように優しく囁き、甘やかにゆっくりと目を細める。
思わず頬が熱くなる。ゲームでも見せたことのないその表情にどきりとした。
これは……従者として主人へ信頼を寄せてくれている証し、なの、だろうか。……そうであったら、嬉しい。
私もアルトバロンの信頼に応えたくて、彼の黒髪を優しく撫でる。
いつか、アルトバロンの〝箱庭〟の風景が、平穏な日常と変わりのないものになりますように。
私のせいで、彼をこの檻の世界へ逆戻りさせるようなことにはなりませんように。
聖女様がこの世界へ来るまで――あと十年。
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