第8話 噂話は気にしません
「ふふふ。……ねえ、アルト。次は甘いものでも食べに行かない?」
再びやる気に満ちた私は、姉のような気持ちでアルトの手を引く。
都合の良い解釈かもしれないけれど、照れ隠しかもとわかれば可愛い従者にもっと構いたくなる。
せっかく『封印の楔』という邪魔な首輪も外れたのだし、綺麗なものを見て、美味しいものをいっぱい食べて『今日はいつもより少し良い一日だったな』って思ってもらいたい。
そして、明日からはもっと楽しい一日を積み重ねていくのだ。
「従僕として一緒に食事はできないとあれほど……」
「私のお誕生日には欠かせないものがあるの! お願い!」
「…………はぁ。わかりました。お嬢様のお好きになさってください」
「ありがとう! ふふふ、きっとひとくち食べたら、アルトも大好物になっちゃうんだから」
そのスイーツとは、エルダーアップルで作った特大林檎パイ! 誕生日パーティーがお開きになる前に食べなくっちゃ。
私は早速、アルトを伴って屋敷の大広間へ向かうことにした。
幻想的な光に包まれた庭園を抜けて、屋敷の正面から室内へ戻る。
三階まで吹き抜けになっているエントランス、そして大階段では、着飾った紳士淑女たちが思い思いに過ごしていた。
「ああ、来たわ。毒林檎令嬢よ。今日も流行遅れの真っ赤なドレスを着ているわ。きっとまた闇魔法の失敗で火傷が増えて隠しているのね」
「だ、誰か一緒にご挨拶しに行きませんこと? お誕生日、なのですし、ね?」
「嫌よぉ。だって見て、あの悪魔に呪われたのような容姿。私たちも闇魔法の実験台にされてしまうかも」
そんな中、可愛く着飾った同年代の令嬢たちがビクビクと怯えながら身体を寄せ合い、私を見ている。
金髪縦ロールが眩しい堂々としたリーダー風の子はビスマルク侯爵令嬢で、気弱だがいつも常識がある子がダックス伯爵令嬢、一番背の小さい子がドロル伯爵令嬢だ。
「お父様たちもなぜわざわざ招待に応じるのかしら。ディートグリム家のパーティーなんて、来たくもないのに。代々闇魔法を使うなんて、悪魔に呪われているに決まってるわ。きっと悪魔に魂を売って魔力を得たのよ、穢らわしい」
「お母様も、……その、そう言っておりましたわ。白髪に赤い目が悪魔の呪いの証拠だと……。ですが、ディートグリム公爵は王国の筆頭魔術師です。招待に応じなければ、逆に家名に傷がつくと、お父様が……」
「それに料理に光る毒林檎が使われてるなんて、悪夢みたいなパーティーだわ。きゃっ! 見て! あの人、なんで笑顔で毒林檎を食べてるのかしら……!?」
どうやら我が家の噂話に花を咲かせているらしい。
彼女たちの母親が社交界でも有名な噂大好き奥様ズなので、内容には納得だ。
どなたが愛人を囲っているだの、あちらの夫人が不倫しているだの、どこどこのご令嬢は婚約者もいないだの、大抵の噂の出所は彼女たちの母親だった。
「……お嬢様」
「私は大丈夫よアルト。そんな深刻そうな顔をしないで。いつものことだから」
彼女たちが視界に入らぬように、私をその背中に庇おうとするアルトバロンへ微笑みを返す。
こういう時、いつもは意味ありげに微笑んでみせたり、わざと見えるところで林檎料理をむしゃむしゃしてみたりするのが、ちょっとした仕返しの定番になっていた。
だが、正真正銘の悪役令嬢になってしまったからには穏便に過ごした方がいいだろう。
ディートグリム家の血統遺伝上、我が家の魔力は他の名家よりも闇魔法に適している。なので先祖を遡っても闇魔法の使い手しか出てこないし、もうこれは隠しようもない事実だ。
しかし王国童話に出てくる闇の貴族みたいに、悪魔に魂を売って強力な魔力を得たわけではない。
なんというか、ただちょーっと闇魔法が趣味の領域を振り切ってしまった先祖のせいで、執着が強烈な魔物に呪われてしまった過去は確かにあるそうで。
その影響で時々、紅玉の瞳を持つ私のような子供が生まれるらしい。
それに加えて、お父様も冷酷無慈悲で高圧的なタイプなので多方面から勘違いされて、闇の貴族代表のように扱われているみたいだ。
私としては白髪に見える髪も真っ赤な瞳も、まさに第二の人生っぽい色合いだと思ってむしろ気に入っている。悲観的に捉えたことは過去一度もない。
けれども、これだけはひとつ言わせてほしい。
それは毒林檎じゃなくて、エルダーアップルなの……!!
美味しいからぜひ食べてぇぇぇ!
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