第4話 アルトを幸せにする最適解

 だってだって!

 転生した今だからわかるけど、この世界の魔法理論上『殺害による魔法契約の破棄』は、私が死ぬだけじゃなくてアルトも対価が発生して大変なことになるよね?


 とくに主従契約は裏切りを許さないためのものだ。従者が主人よりよほど技術が優れていて魔力的にも格上でないと、契約破棄は成功しない。格上だろうと、破棄には相応の対価が必要になるだろう。

 となると、アルトの寿命があと数年になるとか、片腕が持っていかれるとか、臓器不全になるとか……最悪命を落とすこともあるはず、だよね?


「ええっ、ちょっと待って。本当に最適解なのそれ!?」


 原作ではハッピーエンドにしか見えなかったけど、現実世界で同じことをやったらハッピーエンドの後がお先真っ暗なんですけどっ!


 主従契約は主人であるティアベル主導で破棄を行えば対価は発生しない。

 だが、わがまま放題に育ったせいか『わたくしが世界で一番愛されるべき』だと信じて疑わない悪役令嬢が、アルトバロンを手放すはずがなかった。


 それでも世界中で方法を探せば、どうにかしてティアベル主導で主従契約を破棄できただろうに。それを行わなかったのは、聖女様と過ごすための時間を費やすのが惜しかったというのもあるだろうが。

 多分、きっと。


「元主人への哀れみ……?」


 あんなに酷いことされたのに、主を手にかけた責任を負おうとするなんて……。

 って、いやいやいや。だからこそ、幸せを眼の前にして必要のない自己犠牲に走るのはよくないと思う。


「お願いだから、もっと穏便な契約破棄の方法を探してよぉぉぉ。ちゃんと幸せになってぇぇぇ」


 私は両手で顔を覆って、感情のままにベッドの上でゴロゴロと左右に寝返りを打ちまくりながら叫ぶ。

 だからと言って、今すぐ主従契約の破棄を告げてはアルトバロンと聖女様の出会いを阻止することになりかねない。

 それは絶対にしてはいけないことだ。


 だって聖女様以外の誰がアルトバロンを幸せにできるというのだろうか。


「残念だけど、悪役令嬢の私ではないことは確かね。でも暗殺はされたくないし、させたくない。それなら、もう、私が責任を持って『最高の主従契約破棄』ができるようにアルトを導くしかないのでは?」


 そうよ。アルトが誇れるような、清く正しく立派な主人に私がなればいいのだ。


 むしろお姉さんポジションからアルトをめちゃくちゃ可愛がりたい。お砂糖たっぷりで、とろとろくたくたになるまで甘やかしたい。

 それから『自立できる年齢になったら主従契約の破棄はいつでも受け付けます』って折を見て伝えよう。


「うんうん、そうと決まればたーくさん可愛がって甘やかして大切にして、十年後には主従契約を破棄してきっぱりお別れして! アルトをハッピーエンドに導くんだから!」


 私はベッドから飛び起きると、グッと拳を握りしめて気合いを入れた。



 ふと窓の外を確認すると、太陽は地平線の近くまで傾き、雲は薄く赤みを帯びてきている。


「……えっ、もう夕方!?」


 慌てて時計を確認すると、置き時計の長針は十七時を指している。アルトと引き合わされた家族だけのお誕生日会から、半日も眠っていたらしい。


 こうしちゃいられないわ。今夜はお客様を招いて行われる誕生日パーティーもあるのに。

 お父様はきっとアルトバロンを公爵令嬢の新しい従者としてお披露目するはずだ。しかし肝心のアルトとは全然交流できていない。


 だけどパーティーの開始時間まで、あと一時間くらいじゃ――?

 コンコンコン、と控えめに扉をノックする音が聞こえて思考を中断する。


「どうぞ」


 返事をすると、私付きのメイドであるエリーがほっとした様子で入室してきた。


「ああ、良かった。お目覚めのようですね、ティアベルお嬢様。体調はいかがですか?」

「体調は良いみたい。エリー、あの……アルトは?」

「お呼びしましょうか? 外に控えていますから」


 そう言って、彼女はアルトバロンを呼び入れた。


「失礼いたします」


 主人の私室に初めて足を踏み入れたというのに、彼は八歳の子供らしく部屋を見回したりはしなかった。

 形の良い唇は真一文字にひき結ばれており、凍てつく美貌は相変わらず警戒心で満ちている。

 前世の記憶より幼いアルトバロンの声は、原作の悪役令嬢に接する時と同じように無感情だ。私を拒絶しているのだろう。


 しかし、もふもふの尻尾はピンと立ち、狼耳は所在なさげにぴくぴくと左右に小さく動いている。

 契約時は悪魔のように仄暗い懐疑心を爛々とたたえていたが、主人となった人間が突然目の前で卒倒したことは、少なからずアルトバロンの心に何か影響を及ぼしたらしい。


「ごめんなさい、アルト。初日から困らせてしまったわね」

「いえ。僕は気にしていませんので」


 アルトバロンは取り付く島もない様子でツンと澄まして目を伏せる。

 だが、しばらくしてから彼はどこか戸惑ったように視線を彷徨わせると、「……お加減いかがですか」と静かに口にした。


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