第3話 状況整理

 ◇◇◇



「じゅ、十年後に死ぬ悪役令嬢になってしまった……」


 意識が浮上し、自室のベッドの上に寝かせられているのだと知った私は、唖然とした顔で天井を見上げた。


【白雪姫とシュトラールの警鐘】は、前世でプレイしていたスマホアプリゲームだ。

 猛暑のあの日、壊れたエアコンの修理業者を待つ間に熱中症になっていて、さらには意識不明になるとは思ってもいなかった。悔いしかない人生の終わりである。


 その影響で、今世では少しだって日焼けすらしたくないと思っていた。

 なので私の選ぶドレスはいつも流行に逆らって露出がゼロの、古典的な正統派ばかり。

 そのせいでお茶会では『毒林檎令嬢には違法魔法薬を作って火傷した痕がある』だのと噂されたり、『近づくと呪われる』と遠巻きにされたりして、ぼっちを極めているのだけど……。


 と、まあ前世の後悔はさておき。


 原作の内容はと言えば、異世界からやってきたヒロインが『聖女』として魔法学院に通いながら七人の男性と恋愛を楽しむ王道学園恋愛もの。

 中でも、私の最推しは魔力チートでハイスペックな絶世の美青年・アルトだった。

 他人へは冷厳に接するくせに、ヒロインには優しく甘い態度に変化する狼従者は、私を容易に沼へ突き落とした。

 可愛いヒロインと、その隣に並ぶ優しい顔をしたアルトバロンの柔らかい雰囲気に何度癒されたかわからない。


 でも、だからこそわかる。……私、絶対に殺されるわ。と。


 なにを隠そう原作のアルトバロンは、悪辣の限りを尽くして虐げてきた私を心の底から憎悪していた。

 その憎しみがさらに勢いを増して燃え盛った原因は、主にしか破棄できぬ〝主従契約〟、そして――死別まで消えぬ〝番契約〟のせいだろう。


『かわいそうに。この世界でただひとり、私だけがあなたの味方よ』

『私だけがあなたを愛している。だから私の命令には絶対に従いなさい』


 アルトバロンの回想の中で悪役令嬢ティアベルは、魔物と呼ばれて家族から追放された彼に対し『かわいそうな子』という言葉をよく使った。


 優しい主のふりをして同情して見せ、甘美な毒を吹き込む。

 そして彼女は、自分に与えられた従僕をペットのように扱い、ひたすら承認欲求や自尊心を満足させるためだけに虐げたのだ。


 それは年々エスカレートした。

 彼が十六歳の時……第二王子とティアベルの婚約が決まった晩、ついに事件は起こった。


『これだけは、どうか……! お願いです、お嬢様。おやめください……っ』

『いいえ、やめないわ。だって、私の従僕には、私だけを一生愛していてもらいたいから』

『やめてくれ……こんな、絶対に許さない……!』


 ――がぶり。


 ティアベルの盛った魔法薬……錯乱薬で身体が言うことをきかなくなってしまったアルトは、必死に抵抗したがその本能に抗えず、用意周到に魅了薬を飲んでいたティアベルのうなじに噛み付いてしまった。


 獣人は一生のうちに〝最愛〟と呼ばれる、ただひとりしか愛せない。

 彼女が何食わぬ顔で婚約者と過ごす裏で、アルトバロンは最愛でもなんでもない……この世で最も憎悪する人間を〝番〟と認識して、生涯を生きていかなくてはいけなくなってしまったのだ。


 そんな心に癒えない傷を抱え続けたアルトバロンを救うのが、異世界からくる聖女様である。


 だからこそ、どのルートに進んでもティアベルは暗殺されてしまう。

 アルトバロンルートでは、主から不本意に結ばされた〝番契約〟を断ち切り、聖女様と番になるために。

 他の攻略者ルートでは、従僕として彼の自由を奪っていた主との〝主従契約〟を破棄して、聖女様と主従契約を結ぶために。


 ……だけど十八歳になった未来のアルトバロンさん?

 まさか本当に、私を殺せば、契約の何もかもがリセットされて幸せになれるとお思いで?


「そんなの、普通に考えてありえないでしょぉぉ!!」


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