平民だからってバカにしないで!

鉄 百合 (くろがね ゆり)

お互いが一ミリも出会わない初めまして

ケラシー 才能を認められ、平民ながら魔法学院に入学した15歳。得意なのは攻撃魔法。学院の「王子様」に一目ぼれされ、翻弄される。しかし「王子様」のファンには「どちらも麗しいので尊いですわ!」と、むしろ応援される始末。自分を物のように扱ってくる「王子様」がちょっとムカつく。


シーカ・ラーミナ 別名「学院の王子様」。騎士の家系出身で、ケラシーと同じ年に入学した17歳。男装の麗人で、「レイピアを構えた騎士の方がお似合い」というのはもはや常識。本人は剣より魔法が大好きで、得意なのは精霊科学。ケラシーに一目ぼれして求婚中だが、毎回口説き文句だと認識してもらえないので困っている。


本編


ケラシーは、ドキドキと跳ねる心臓を抑えて深呼吸する。


「大丈夫、やれるわ、私!」


自分にそう喝をいれ、闘技場に足を踏み入れる。今からここで、ケラシーの今後の人生を左右する、大事な大事な入学試験があるのだ。


この国には、大きく分けて二つの身分がある。貴族と平民だ。特権階級の貴族は政治や国防など危険で高度な仕事をし、平民は職人や農民などの安全な仕事を担う。貴族の方が一般的に地位が高い、重要な役職についているので、貴族はエリート家族の集合体みたいなものだと思えばいい。特に王家から重用されている「騎士」「宰相」「魔導士」の三つの家は「御三家」と呼ばれていて、この国で国王以外に苗字があるのは御三家の人間だけだ。


そして、この国を支えるのは人間だけではない。町を歩けば、身なりのいい青年が連れている火の玉や、商人が荷物をのせる三つの頭をもつ馬などが当たり前にすれ違う。そういう者たちが、この国を豊かにしてくれている。


そう、ここには魔法が存在する。魔法によって、精霊や魔法動物を使役したり、植物を大きく美味しく育てたり、いろいろなことができるようになる。


しかしながら、魔法使いというのは才能と努力を兼ね備えた人間にしか使えない。そもそも、魔法を使うには生まれ持った魔力が膨大でなければ務まらない。そのうえ、膨大な術式や魔法陣の暗記、多岐にわたる分野を把握すること、応用術式や多数の展開理論などを理解していなければ魔法はただのイリュージョンレベルにしかならないのだ。


そのため、魔法使いを養成する魔法学院は生粋のエリートが通う国営の専門学校。日本で言うところの、東京大学より頭がいい専門学校みたいなものだ。


そして私、ケラシーは今日、エリート学校である魔法学院の入学試験を受ける。入学試験はとても過酷で難しく、前提条件をクリアするだけでも一苦労の代物だ。試験会場は国が運営する式典用の闘技場で、なんと三日間も続く。


そのため、闘技場の中にある控室で私は出番を待っていた。試験の内容はめちゃくちゃシンプルで、トーナメント形式で20位以内に入れば合格。しかし、この闘技場に来ている人たちだけでも人数は数千人。倍率千倍以上の、狭き門なのだ。全員魔法に自信がある、しかもその自負にたがわず強いのだから厄介だ。


私の出番はまだまだ先。カンニング防止や公平性を考慮して、控室には監視カメラがある。窓からトーナメントの様子や、実況は聞こえるけど別に面白くない。当然、試験会場に教材や魔導書は持ち込めないので暇だ。


暇つぶしに、前提条件をクリアした時を振り返ろう。


まずは筆記試験。千問以上の応用問題を中心とした、不眠不休の地獄のテストだった。暗記量もさることながら、思考力も必要になる。受験者の中には知恵熱でぶっ倒れたり、眠気に抗えず失神したりする人も多く、周囲は阿鼻叫喚だった。私の隣のイケメン受験者は「これしき……ん、この問題わからん。次いこ。」などと意味不明な独り言を連発していた。若干気持ち悪かった。


その後に実地検証。山や川を己の体のみで突破する。魔法使いは辺境での任務や戦争での戦闘要員など、何かと体力がいる。いざというときにへばってしまって魔法が使えないのは問題外だ。強化魔法やポーションは一切禁止の肉体勝負は、かなりきつかった。連日筋肉痛に悩まされ、這う這うの体で最後の秘境を脱出した時には安堵のあまり気絶した。その後噂で、「全部爆速で走って突破したフィジカルモンスター」がいると聞いたが、あんな地形をバフもなしに爆走するのはもはや人間を卒業している。怖すぎる。


最後が魔力量の検査だ。これが一番怖かった。なにせ、魔力を液体状にされて限界まで搾り取られる。魔力が少ない人なら影響もあまりないが、魔法使いを志す人たちはみんなそれなりの量がある。自分の第二の血液とも呼ばれる魔力を限界まで抜かれるというのは、失血死ぎりぎりまで血を抜くのと同じようなもの。あの時は合格した喜びより、魔力を失った喪失感故の不安感で泣きじゃくってしまった。15歳の私でも外聞にかまわず泣いてしまうぐらいの恐怖体験だった。


つらつらと思い出しているうちに、アナウンスがかかる。


「次は、ケラシー対ガレア!両者ともに十分後に試験を開始する。」


ついに私の番が来た。落ち着いていようとつとめたけれど、ドアノブをひねろうとした自分の手が震えていて笑ってしまう。


「ふふ、どんな相手でも返り討ちにしてあげる。かかってらっしゃい。」


手の震えは緊張でも焦りでもなく、高揚からくる武者震いだった。


そのころ。シーカは闘技場の貴賓席に座り、ボーっとステージを眺めていた。シーカも今年の受験者だが、彼女は前提条件の成績がすこぶるよく、特別にシード枠での受験となっていた。そのために試験一日目の今日は非番。偵察気分で対戦相手の様子を見に来たのである。


「今のところ、めぼしい受験者はいない。この調子なら今年の主席は僕になりそうだな。あーあ、つまんない。」


広々としたボックス席で、僕はうーんっと伸びをした。次の対戦も平民どうし。たしかアナウンスではケラシー対ガレアとか言っていたっけ。別に平民を馬鹿にしてるわけじゃないけど、やっぱり貴族は貴族なりのレベルで、それなりに有能なのだ。代々受け継ぐ血は多い魔力量を約束してくれるし、生まれた時からの学習環境だって整っている。だから平民と聞くと、どうしても「貴族より劣る」イメージが強かった。


そして実際、ここまでの試合を見てもその感覚は間違っていない。平民どうしの試合は全体的に基礎的な魔法が多く、見ていて面白みに欠ける。貴族の子供たちはみんな応用術式やマイナーな展開方法をするのが当たり前だ。目新しさや術式の完成度で勝敗が分かれるこの試験では、どうしたって貴族出身が有利。だから、魔法学院の入学生は毎年貴族だ。


「では、両者用意が整いました!」


おっと。考え事をしている間に、もう試験が始まりそうだ。僕の敵じゃないだろうけど、明日で相手する子かもしれないからちゃんと見ておかなくちゃ。初見殺しや相手の魔法の癖を知っておくのは、大体の場合有利に働く。だらしなく伸ばしていた背筋をただし、僕はステージを見つめた。


「左がケラシー、右がガレア!ケラシーは今回最年少の15歳!華奢な体躯は少し心配ですが、果たしてどんな魔法を見せてくれるのでしょうか!対するは23歳、ガレアです!彼はいったいどんな魔法を使うのでしょう!」


アナウンスの選手紹介が終わり、両者が指定の位置につく。両者を応援するヤジが飛び交い、会場のボルテージは最高潮。しかし、すごいな、あのケラシーという子。僕だって17歳で、この試験会場ではかなりの若輩だ。むしろこの試験は20以上の人がほとんど。なのに僕より二歳も年下だなんて。


少し、面白そうだ。


「では、はじめ!」


そう、合図が下った瞬間。僕は目を見開いた。


勝負は一瞬だった。


右の受験者が、はるか後方に吹き飛ばされたのだ。実況もあまりの驚きに、マイクを取り落としている。会場はシンと静まり返った。


これだけの高威力の魔法、いったいどうやってそんなに一瞬で。右の選手の体格はかなり良かった。筋骨隆々、というのがまさにふさわしい。あれを魔法で吹き飛ばすとなると、膨大な魔力が必要だ。それに、威力を上げる増幅術式、自身へのダメージを軽減する防御術式、スピードを上げる加速術式、狙いを正確にする応用系の展開……考えるだけで頭が痛くなりそうな術式の多重展開と、応用的かつ立体的な思考が求められる。それを、この「御三家」の貴族の僕ですらできない芸当を。


あの平民の子、ケラシーは初戦でやって見せた。


「……いいな、あの子。名前を覚えておこう。」


僕のつぶやきは、事態をようやく理解した慣習の大歓声に掻き消された。


魔法を放った瞬間の、凛々しい顔が脳裏に焼き付いた。僕よりも若く、僕よりも強いあの子なら。ケラシーなら。僕の退屈で退屈でたまらない毎日を塗り替えてくれるかもしれない。


心臓が、ばくばくとうるさい。生まれて初めての恋だった。





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