【短編】滅びゆく出生、興りゆく作生

結城 刹那

第1話

 ベッドから起き上がると、ラックに置かれた電子タバコのケースを手に取る。

 音声認識サービスに命令をして、カーテンを開けてもらう。外はすっかり明るくなり、太陽の光が窓を貫通して部屋へと入ってくる。


 ケースから電子タバコを取り出し、口に咥えて肺に取り込む。

 ゆっくり吸って、ゆっくり吐く。口から出た煙が部屋へと浸透していく。昔は有害な物質が出ていたらしいが、今は人工技術によって有益な物質が放出されるようになっている。煙の匂いも香ばしい。今の俺はアロマディフューザーのようだ。

 

 後ろを見ると妻の渚(なぎさ)がぐっすりと眠っている。裸体を顕にして無防備な姿を見せる。俺はベッドの隅に寄せられた薄い布団を一枚彼女に被せてあげた。

 真夜中に俺たちは愛を確かめ合うように快楽に溺れた。人間の不妊治療が進んだことにより、ゴムによるフィルターはない。今は存分に互いの体をすり合わすことができる。


 昨夜の愛は激しかった。

 仕方がない。今日は、俺たちが新たな一歩を踏み出す特別な日なのだから。

 医師には昼ごろに来てくれと言われていた。まだ時間はある。もう少し妻を寝かせておいてあげよう。激しさゆえに疲労はかなり溜まったに違いない。


 電子タバコケースをラックに置き、シャワーを浴びるために寝室を後にした。


 ****


 科学技術の進んだ現代は、人間の生殖技術を大きく変えた。

 元来の胎生という形ではなく、『出生』から『作生』へと変化した。

 婚約を結んだ男女の遺伝情報を解析し、遺伝情報に基づいて幼児を作り出す。


 昔は妊娠から出生までには約9ヶ月かかっていたが、今は3年という気が遠くなる期間を要する。しかしその分、育児に対する手間がかからずに済むのだ。幼児は3年の間に『睡眠学習』による暗示をかけられる。やってはいけないこと、やるべきことを3年という月日で認識するのだ。そのため、初めて会うときにはすでに言語が話せ、不自由なく動くことができるようになっている。


 こうした科学技術を取り入れた背景には『優生学』が関与している。

 優生学とはいっても、優れた遺伝子を持つ人間を増やす『積極的優生学』ではなく、悪性な遺伝病など遺伝子に損傷を負った人間を減らす『消極的優生学』の方だ。


 これによって、全ての人間から悪性な遺伝病が取り除かれ、かつ睡眠学習で治安を乱さない行動を暗示させられているため平和で健康な社会を実現させているのだ。


「主治医の『神原 隼人(かんばら はやと)』と申します。本日はよろしくお願いします」


 昼頃、病院で受付を済ませると主治医がやってきた。細身で高身長な青年だ。爽やかな笑みに親しみを感じるものの、身体から出るオーラがそれをかき消すように俺と彼の間に一線を引く。


 主治医と軽い雑談を交わしながら我が子のいる部屋へと連れていってもらう。この3年間どんなことをやっていたのか雑談の節々に聞かせてもらった。案の定、俺が思っていたとおりの返答が返ってきた。


 3年間は1年の作生時期と2年の育成時期に別れるらしい。作生時期は専用の装置で栄養を保管し、育成時期は牢屋ほどの空間内で自由な暮らしを受けるようだ。牢屋で自由とはなんだか離れている気がするが、狭い空間で暮らしていた赤ん坊にとっては広いのだろう。


 部屋の前までやってくると、先に主治医が部屋へと入って息子の様子を確認する。


「お待たせしました。こちらが鳳さんの息子です」


 少しの間、部屋の外で待機していると、主治医はそう言って部屋から出てきた。

 彼の後ろには小さな子供が立っていた。言われたとおり、すでに歩けるようになっている。ムスッとした細い目は俺の遺伝子を受け継いだに違いない。だが、そこから輝かせる綺麗な瞳は妻譲りだ。


「お名前は?」


 妻が聞くと主治医は後ろにいる子供へと顔を向ける。「自分で言える?」という合図だろう。

 以前は親が決めていた名前も、今はAIが姓の情報を元に縁起のいい名前を命名してくれるようになっている。


 望めばこちらで名前をつける事も可能だ。俺たちがAIに任せたのは巷で『親が決めた名前の子は不運な人生を歩む』という噂があったためだ。研究等でも、それが証明されているため有力な説らしい。おそらくAIのアルゴリズム上、AIに命名された名前を使ったほうが都合がいいのだろう。


「陸斗(りくと)」


 多少片言なものの、息子は自分の名前を口にした。

 俺は翼。妻は渚。そして、息子は陸斗。空、海、地すべてを制する家族だ。なんて格好いいのだろう。


「陸斗、いい名前ね」


 妻は背をかがめ、陸斗と同じ目線になる。彼は小さくなった妻の姿を見ると近づいていった。やがて二人は抱き合って愛を育む。俺もしゃがみ込むと、二人の愛に混ざるように二人の背中に手を当てた。


 こうして俺たちは新たな一歩を踏み出した。

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