百まで忘れず

@yoshiwaka

第1話

心臓の鼓動が伝わってくる。自分がどれほど興奮しているのかがわかる。普通なら不快に思うだろうがとても心地よい。震えるほどの高揚感が全身を駆け巡る。そして目が覚める。

 またこの夢を見た。最近はこの夢をよく見る。顔を洗いに洗面台へむかう。この夢を見た日はいつも体が怠い。髪を整え朝食の準備をする。テレビでは連日の殺人事件についての報道がされている。気分が悪い。さっさと支度を終わらせて家を出よう。

 今日も開発中のゲームのデバッグを進める。一年以上このゲームのデバッグをしているが進行度合いでいえば半分程度だろう。なぜかというとこのゲーム、グロテスクな表現が多く最初のうちは気分が悪くなり早退することも少なくなく、加えてバグがかなり多かったことも相まってストーリーの半分程度までしか進んでいなかった。昼休憩の時に新人が声をかけてきた。グロテスクな表現を見ても気分が悪くならないようにするにはどうしたら良いか、ということを聞いてきた。私の気分が悪そうなときを見たことがないからだそうだ。確かにデバッグ中に気分が悪くなったことはない。が、なぜかと理由を聞かれると明確な答えを出すことはできない。私は少し考え、人によってそういうものに耐性があるかないかは違うのだから、無理に耐性をつけようとしなくてもいいんじゃないか、と言った。後輩は少し納得できないような表情をしていたが、明日からお盆なんだから少しでも仕事片付けようと声をかけそのまま仕事に戻った。そう、明日からお盆休みだ。趣味のゲームのチームメンバーで旅行に行くのだ。今日帰ったら荷物の準備をしておこう。

 今日は計画していた旅行だ。昨日のうちに準備した荷物を持って電車に乗る。待ち合わせ場所についたときには先に一人待っていた。彼がこちらを見ると、軽く会釈をして世間話をする。今回の旅ではプレイヤー名でお互いを呼び合うと事前に取り決めていたので、彼のことはルークと呼ぶ。ちなみに私のプレイヤー名はジャックだ。しばらくするとほかの面々も集まってきた。チームのリーダー的な役割であるキングの車に乗って今回の目的地に向かう。予約した山奥の別荘的な雰囲気の旅館にチェックインを済ませ、近くにあるテーマパークへ向かった。そのテーマパークにはアトラクションはそれほどないが、カフェから見える景色がとてもきれいだとマニアの間では話題らしい。テーマパークに到着した後、2つのグループに分かれて回ることにした。私はルークとキングとともに回ることになった。ルークはどうやら怖いものが苦手らしい。お化け屋敷やジェットコースターなんかに乗ろうとした時なんかは足が生まれたての小鹿のようになっていた。キングは怖がっているようには見えなかったが、少し体が震えていたのでたぶん強がっているのだろう。その後カフェで合流して景色を楽しもうとしたが、カーテンが開いていなかった。カーテンを開けてもらうように私とルークでスタッフさんを探すことにした。が、カフェの中には誰もいなかったので、ルークにアトラクションの人を呼びに行ってもらい、私は周囲の探索をすることにした。カフェの周りを見回してみるとスタッフルームらしきものを見つけたのでそちらに向かうことにした。スタッフルームの扉をノックしてみたが反応がない。扉を開けようとすると鍵がかかっていない。開けるとひどいにおいがした。見ると人の死骸があった。なぜこんなところで死んでいるのだろう。そもそもなんでこの人は死んでいるのだろう。そんなことを考えているとルークに声をかけられた。ルークは死骸を見ると恐怖で顔がこわばって声も出ていなかった。警察に連絡し、軽い事情聴取を受けたのち、宿に戻った。皆で話し合い、明日は一日宿で休むことにした。食事はそれぞれの部屋でとることにした。あの死骸は何だったのだろう。いったいいつからあそこにあったのだろう。そんなことを考えているうちに眠りに落ちた。

 夢を見た。恐怖でゆがむ顔、震える唇、涙を流しながら何かをこちらに訴えかけるような目、そして、視界が紅く染まる。その瞬間、全身が快楽で打ち震える。やるつもりはなかったのに、まあ、どうでもいいか、そう思ったとき、目が覚めた。まただ。またこの夢だ。しかし、普段とは少し違う感覚を覚えた。その感覚が何なのかはわからなかったが、とりあえず顔でも洗おうと起き上がると、悲鳴が聞こえてきた。悲鳴のほうに向かうとそこはキングの部屋だった。キングは死んでいた。旅館の人が警察を呼んだが、昨夜の嵐で山道が荒れているので警察の到着も遅れることが予想された。警察が来るまで旅館で待つように言われ、それぞれの部屋に戻った。私は昨日の夢が気になっていた。あの夢は普段は外にいるような感覚を覚えるが、昨日は屋内に居るような感覚がした。もしあれが夢じゃないのなら、そんな恐ろしいことを考えているとグループメッセージで話し合いがあり一度集まろうということになった。ラウンジに行くともうすでにみんな集まっていた。サブリーダー的な立ち位置であるクイーンが話を始めた。この旅館に泊まっていたのは私たちだけであること。昨夜は嵐であったことから、外部の人間は入り込みづらいこと。だから私たちの中に犯人がいる可能性が高いこと。クイーンが言い終わると皆信じられないといった顔をしていた。クイーンは話を続ける。皆を疑いたいわけではないが、犯人ではない確信が欲しい。だが今変に動くと証拠を消してしまうかもしれない。だからひとまず昨日何をしていたかを話し合うことにしよう、と。反対する人はいなかった。まずい。昨日は寝ていたなんて言ったら確実に不信感を向けられる。そんな不安はクイーンの言葉で払拭された。私と夜ここで酒を飲んだらしい。そんな記憶はなかったが今は都合がいい。適当に話を合わせてしまおう。皆が昨日の行動を言い終えて、わかったことがある。この旅館のドアは深夜二時から四時まで中から開かなくなるらしい。それは、私たちには犯行が不可能であることを示していた。クイーンも私も、皆が安堵していた。とりあえず各自の部屋へ戻り休むことにした。私たちの犯行ではない。昨日の夢はやはりただの夢だったのだろう。そう思うことにして、今日は寝てしまおう。鞄を開けて酒を取り出そうとしたとき、知らない袋があった。これは何なのか、こんなものを入れた覚えはない。開けて中身を見る。鋭く銀色に光るナイフが入っていた。意味が分からない。なぜこんなものが入っている。一度自分を落ち着けるために深呼吸をする。頭に何か当たる感覚がした。上を見上げるとダクトがあった。嫌な予感がした。椅子の上に乗り、手を伸ばす。ダクトは開いた。恐る恐る上ると、中は人が通れるような構造になっていた。恐る恐る中を通っていくときにあることに気が付いた。ほかの部屋のダクトは下からは開かないようになっている。しかし、1つだけ開く部屋を見つけた。キングの部屋だった。つまり、ほかの部屋と違って私の部屋はキングの部屋に続く通路がもう1つあったのだ。そして、部屋にあったナイフ。ここから1つの結論にたどり着けた。私が、キングを殺したんだ。私は、夢の中で、人を、殺したんだ。寝ているときに人殺しになっているんだ。その時、グループメッセージにあるメッセージが送られてきた。ルークからだった。どうやら彼には警察の友人がおり、その友人から聞いた連続殺人事件の死体の状況とキングの死体がそっくりだというのだ。さっき言わなかったのはみんなを不安にしてしまうと思ったからだという。そのとき、1つのことを思い出した。昔、イノシシの解体を初めて見たときにとてもわくわくした。その後我慢できなくなって近所の猫を見よう見まねで解体した。とてもうまくいってうれしかった。解体したものは山に埋めた。その後もいろんなものを解体した。その後、人を解体したくなり、人の構造を調べた。そして人形を作って練習していると親に見つかってしまった。私から事情を聴くと両親は都会に越し私は近くの精神病院に入れられた。あのことを忘れるように言われて、薬を飲まされた。日に日に記憶は薄れて行き、1年後には完全に忘れてしまった。その後、普通の人として過ごしてきた、そんな過去を思い出した。そして、気づいた。人殺しになっているのではなく、昔の自分になっているんだ。昔やりたかったことをたくさんやっているだけなんだ。じゃあ、別にいいじゃないか。それより今は、僕が殺したことがばれないように細工をしないと。キングの部屋のダクトが下から開かないように細工をした。自分の部屋に似たような細工をするのは難しかったけど、なんとかできた。これで僕が疑われることはない。ナイフを見つからない場所に隠す。だって、とても大切なナイフだから。ずっとずっと、つかってるナイフだから。でも、いきなり性格が変わると少し疑われるかもしれない。めんどくさいけど、しばらくは前と同じように過ごそう。そうしたほうが、この先もきっとラクだから。

 翌日、警察が到着して事情聴取を受けたけれど、僕ら全員が犯行は不可能とみなされ、家に帰された。その後、このチームでゲームをすることはなくなった。まあ、チームメンバーが死んじゃったし、当然と言えば当然か。お盆休みが終わった後も、以前の僕のようにふるまい続けた。でも、周りからは少し明るくなったように見えるらしい。今度、かわいい後輩ちゃんと家で飲むことになった。僕は旅行の前と変わらない日常を送っている。1つだけ、変わったことがある。夢を見なくなった。

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