22

 黙ってしまった私を、ミシマは憐れむような目で見ていた。自分が欲しいものすら分からないこども。そう思われていたのかもしれないし、事実私は、そうだった。自分が欲しいものすら分からないこども、そのものだった。

 欲しいのはミシマ。それは確かなことのはずなのに、ミシマのなにが欲しいのか分からない。心? 身体? 両方含めた全部? でも、全部を背負うのは荷が重すぎる気もした。

 ミシマの問いかけに答えられないまま、また居心地の悪い沈黙が数分続いた。耐えかねた私が、今日は帰る、と言いだそうとした瞬間、寝室のドアが開いてルルちゃんが出てきた。いつものと同じ、涼しそうな薄手のワンピース姿のルルちゃんは、両目を赤く腫らしていたけれど、それでもやっぱりかわいかった。

 「つきこさん、なにか飲みますよね? ミシマはジントニックでいいでしょ?」

 ルルちゃんが、いつもの調子で言いながら、キッチンに入って行く。私も、飲むよ、といつもの感じを意識して返事した。ミシマはなにも言わなかったけれど、それもいつもの通りと言えた。

 「はい、つきこさん。」

 ピンク色のカクテルを手渡され、私はなんとかルルちゃんに笑い返した。ついさっき、神社の暗闇で私に向けた恋情と涙を、ルルちゃんは寝室での数分間できれいに収めてきたようだった。

 「はい、ミシマ。」

 ミシマは黙ってジントニックを受け取る。ミシマがなにか言うかもしれない、と、私は一瞬警戒した。それは、さっきの3P発言みたいな、今の三人に決定的なひびを与えるなにかを。でも、ミシマはなに言わなかった。なんだか、その分ミシマの気持ちは強いような気がして、私はなおさら苦しくなった。

 「乾杯。」

 ルルちゃんは、にこにこしながら私とミシマのグラスにそれぞれ自分のグラスを合わせると、ぐっと一口ピンクのカクテルを飲み込んだ。私もそれに倣った。いつもの、私たちの飲み方だった。

 神社でのことには、誰も触れなかった。いつもみたいに、どうでもいいことを話しながらお酒を飲んだり、ルルちゃんがかけてくれる音楽を聞いたり、お腹が空くと冷蔵庫の中のおつまみを勝手に食べたりしながら時間を過ごした。ルルちゃんとミシマは交代でお酒を作ってくれて、私はまた、贅沢、と感動した。いつもの、私たちの時間。そして始発が走り始める頃になると、私はグラスを置いてソファから立ち上がった。

 「そろそろ帰る。」

 本当は、もう少しここにいたかった。三人で居心地良く時間を過ごしたかった。でも、いつもと違うことをするのも怖くて、席を立ったのだ。

 「俺も。」

 ミシマがぼそりと言って、私の先に立ってルルちゃんの部屋の玄関に向かった。ルルちゃんがいつもと同じように見送りに来てくれて、私たちは明るくなった夏の朝に足を踏みだした。

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