18

 ルルちゃんは、境内の一番奥、本堂の裏の暗闇で足を止めた。こちらには背を向けていて、その背中が波打っているのが分かる。息が切れているのか、泣いているのか、その両方か。

 「ルル。」

 ミシマが低い声でルルちゃんを呼んだ。なにかを警戒するみたいな硬さのある声だった。

 「ルルちゃん。」

 私もルルちゃんを呼んだ。なにを警戒していいのかもわからないまま発した声は、こどものそれみたいにふわふわと夜を漂った。

 ルルちゃんが、ゆっくりとこちらを振り向く。そして私は、彼女が息切れしながら泣いていることを知る。ひくひくとしゃくり上げながら、彼女は確かに泣いていた。

 「やっぱり、ミシマなんですね。」

 ルルちゃんが敬語を使ったのだから、それは私への問いかけなのだろうけれど、なにを言われているのかとっさに分からなかった。

 「え?」

 なにが? と、困惑しながら傍らに立っているミシマを見上げると、彼は黙って私から顔をそむけた。私は、更に困惑した。

 「私が好きになるひとは、みんなストレート。それで、みんなミシマを好きになる。」

 ルルちゃんが、しゃくり上げながら言った。私は驚いてルルちゃんを見た。ルルちゃんに、ミシマを好きなことが知られているとは思わなかった。何度かの三人の夜でも、私はそれを隠してきたつもりだ。隠してきた、というよりは、どうやって表わしたらいいのかが分からなかった、という方が正解かも知れない。とにかく、表に出したことはなかったはずだ。それなのに、ルルちゃんが泣いている。

 「なんで……、」

 なんで、なんで、と、ルルちゃんは繰り返した。強く握りしめられた拳が震えていた。私は言葉が出なくて、胸が締め付けられたみたいに苦しくて、どうしていいのか分からなくて、助けを求めるみたいにミシマを見上げた。けれどミシマはなにも言わなかったし、こっちを見てくれさえしなかった。ミシマは俯いて、自分のつま先くらいの地面を睨みつけていた。

 なんで、と私だって言いたかった。なんで、私は私を好きになってくれるかわいいひとじゃなくて、全然私を好きになんかなってくれない、振り向いてくれる可能性なんてまるでない、ミシマを好きでいるんだろうか。

 背中の方から、祭囃子が聞こえる。私もルルちゃんもミシマも、黙っていた。誰かが立ち去るべきだと思った。誰かが立ち去って、誰かと誰かが二人になるべきだと。でも、誰も立ち去らないから、立ち去れないから、だからこんなに呼吸が苦しいのだろう。

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