第20話 決戦前日
俺は何日も何夜も、ザリバラ戦のログ解析に没頭していた。ようやく全てのデータを分析し終え、アイシャのためにデータ整理する作業だけが残っていた。
「これで、アイシャは必ず...」
目の前の文字がかすんで見える。疲労で視界が歪み始める感覚があるにもかかわらず、指はタッチパネルを叩くのを止められなかった。
「あと少しだけ…」
その言葉が呟かれた瞬間、意識の海に飲み込まれてしまった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
目覚めると、冷たい照明の下にある現実世界の部屋が広がっていた。QUANTERRAの世界から一転し、教科書や制服が目に入ることで、ここは紛れもない自分の世界であることを実感する。
どうやら気絶するとログアウトしてしまうらしい。時計を見ると半日も寝てしまっていることに驚く。そして同時に気になることが浮かび上がる。
「...待てよ?向こう世界の俺はどうなったんだ?」
俺は慌ててログインを試みる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ログインすると、ベッドの上にいた。記憶では床の上で倒れているはずだ。
「アイシャがわざわざベッドまで移動させてくれたのか」
温かい気持ちが胸を満たす。いつも以上に彼女の存在の大きさに気づかされる。
ベッドから起き上がると出入口の方を見るが、アイシャの姿はない。少し寂しい気持ちになる。いつものように出迎えてくれるのに今日はいないのだ。重い腰を上げて下に降りる。そこにはツルツルナイトことジューシー・マスカレードと顔を真っ赤にしたアイシャがいた。
「それでぇ、マスタァも酷いんですよぉ~。やりたくないPvPもやらせるし~、働け働け~しつこいし、その割にはケチだしぃ~」
アイシャの声は普段の凛とした響きを失い、どこか甘ったるく子供っぽい。
酒で失敗するとはこういうことなのだと理解した。人間だろうがAIだろうが愚痴を言うことはあるのだ。聞かなかったフリでもするかと思っていた俺はそのままスルーしようとするが…。
「あらあら、大変ねぇ...あら、翔太ちゃんおはよう」
いきなりジューシーに声をかけられる。
「…ああ、おはよう」
アイシャは俺の方を見て、真っ赤な顔から青白く変化する。そして突然、飛びつくかのような勢いで目の前まで飛んできてそのままの勢いで土下座をする。
「申し訳ございませんでしたァ!お願いします!捨てないでください!」
涙と鼻水を流しながら俺の足首に顔を擦りつけてくる。
「おい、汚いな!離れろ!」
俺はアイシャを振り払う。
「ごめんなさぁい!」
アイシャは子供のように泣きじゃくっている。その姿があまりにも人間らしく、思わず笑みがこぼれる。
「この程度のことで捨てるわけないだろ。そもそも俺はお前を酷使したのが悪いんだから気にするな」
「ありがとうございますぅ~!」
また俺の足首に顔を擦りつけようとするので俺はひょいと回避する。
「だからやめろって!」
ジューシーはこの光景を見て微笑みながら言う。
「ほんとあんた達仲良いわねぇ」
「…見てないで止めてくれ」と言った時には、アイシャはすでに静かな寝息を立て始めていた。疲れが出たのだろう。
「止める必要はないみたいだけれど?」
「ああそうだな」
俺はアイシャが飲み食いした代金をジューシーに支払い、寝てしまったアイシャを抱き上げて部屋まで運ぶ。
階段を上りながら、アイシャは小さな声で寝言を呟く。
「マスター...ありがとう...私のために...頑張ってくれて…」
その言葉に胸が温かくなる。ベッドに寝かせながら俺は静かに答える。
「ありがとうはこっちの言葉だ」
窓から差し込む月明かりが、アイシャの寝顔を優しく照らしている。明日からはまた挑戦が始まる。でも今はこの穏やかな時間を大切にしたいと心に決める。そう思いながら俺は机に向かい中断していたデータ整理を再開する。アイシャの寝息を聞きながら勝利への道筋を探っていく。このデータさえ完成すれば、きっと彼女は勝てるはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます