第18話 気付きの瞬間

俺は一先ず部屋に戻った。


 薄暗い照明の下、机の上でアイシャとザリバラの戦闘映像を映し出す。激しい拳と鞭のぶつかり合いは何度も繰り返される光景だが、そこに潜むわずかな変化を見つけ出すのが俺の仕事だ。どんなに序盤で優勢に進んでも、最終的にはザリバラが出現させる鉄の処女にアイシャが囚われ、抜け出せずに敗北してしまうパターンばかりだった。


 最初は力なく消えていく場面が多かったアイシャだが、最近は余力が残っているのか、中から抵抗して暴れられるようになっている。その様子をじっと見つめていると、ふと鉄の処女の一部に歪みがあるように感じた。映像を一時停止し、再度確認すると、確かに前方右側の扉が微かにゆがみを見せていたのだ。これがヒントになるかもしれない予感で胸が高鳴った。


 何度もアイシャが鉄の処女の中から抜け出そうとしているシーンを見てきた俺は、先ほど気づいた場所に攻撃をしたとしても、歪んでいない時もあることに気が付く。


「なぜだろうか…」


 疑問符を浮かべながら頭を悩ませる俺に、MMORPGの世界観におけるタイムラインという概念が頭に浮かんだ。スキルAの後にはスキルB、その10秒後にヘイト1位に対して強攻撃と呼ばれるスキルCが放たれるといった具合だ。雑魚戦でよく使われるループ型やレイドボスに実装されることが多いタイムアップ型のいずれかだろう。もしかしたら鉄の処女の弱点は、前提条件となるいくつかのスキルの組み合わせによって判定されているのかもしれないと考えたのだ。


少しずつではあるが答えが見えてきた。脆くなる条件としては、スタンの入りやすい鞭の強攻撃の後には右側の扉、鋭利な針の束の後は左側の扉、連続踏み付け攻撃の後は床、荒れ狂う鞭連打の後は背中側、スタンが入らない隙の大きい鞭の強攻撃の時は天井が脆くなることを突き止めたのだ。アイシャ自慢のパワーでごり押したら突破できるのかもしれないと期待を抱いたものの、いくつかの問題点も浮上した。それは鉄の処女内に閉じ込められると発生してしまう恐怖と麻痺というデバフだった。


 恐怖は身体の動きを鈍くする精神的なデバフであり、立ち向かうことが困難になるものだ。一方、麻痺は肉体に作用し、震えが止まらない状態を引き起こすデバフだ。つまり、精神的に強くするバフと麻痺耐性を獲得するようなバフで対処するか、そのデバフを解除する何かしらのスキルが必要となる。


 だが、これらの情報はアイシャに直接聞いてみるのが一番手っ取り早いだろうと考え、俺はデータベースを閲覧するよりも彼女に確認することを決めた。


「もしこれが全てうまくいけば、アイシャはきっとザリバラに勝てる」と確信していた俺の胸には希望が燃え上がった。ベッドの上であれこれ考え事をしているうちに、アイシャがやってきた。いつもの明るい口調だが、その声の裏には微かな疲労と不安を感じさせる震えがあった。


「マスター、お疲れ様です。今日もザリバラさんに勝てませんでした…」


「アイシャ、ちょっといいか?」俺は静かに切り出した。


「明日から暫くゆっくり休んでくれ」


「でも… 」


「いいんだ。お前はもう十分頑張った。むしろ、頑張りすぎたんだ」俺は優しく声をかけた。


「…ありがとうございます。マスター。」


 小さな声で返したアイシャは深く俯いた。


「アイシャ、ザリバラに必ず勝てる方法があるはずなんだ。俺が必ず見つけ出す」と力強く言った俺は、彼女の瞳にある揺るぎない信頼を捉えた。


「私、信じています。マスターのことを…」 力強く頷くアイシャの姿を見て、俺も微笑んだ。


「ああ、一緒に頑張ろう。」

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