親から見捨てられた少年は、ショタコン魔女の弟子になります。
響キョー
少年と魔女(前編)
「お姉さん、大丈夫?」
ある森の中でのこと。
小さな少年は、傷だらけのお姉さんを見つけました。
お姉さんは全身黒い服装で、大きな帽子をかぶっていました。
美しい黒い髪をしていましたが汚れているようです。
加えて全身が傷だらけでした。
「なんじゃ? こっちに来るな。失せな」
お姉さんは少年を見ると、手を払って追い払おうとしました。
「でもお姉さん、怪我してるよ?」
ですが少年は心優しかったのです。怪我をしているお姉さんを、放っておくことができませんでした。
少年は持っていたかごの中から、林檎を一つお姉さんに差し出しました。
「あげる。食べて元気になってね」
「いらん! お前、本当に儂のことを知らんのか」
お姉さんは怒りました。ですが少年は怖がりませんでした。
その時、お姉さんは気が付きます。
少年の腕があざだらけであることに。
「おいガキ。その腕のあざは何じゃ」
「え、そんなのないよ」
少年はわざとらしく腕を隠します。
お姉さんはわざとらしくため息をつきます。まるで何かにあきれているかのように。
「儂の家はこの森の中にある。困ったことがあれば寄れ」
お姉さんは聡明でした。一発で少年がどのような境遇にあるのかを、理解したようなのです。
お姉さんはよろけながらも立ち上がり、少年が持っていた林檎をひとつ、奪い取るようにして、どこかへ消えてしまいました。
「……」
少年は不思議そうな顔をして、帰路に就いたのでした。
ーーー
「この役立たず! いつまでほっつき歩いてるんだい!」
「痛いよお母さん! ほらちゃんと林檎は買ってきたよ!」
「数が少ないじゃないの! それに林檎だけじゃなくて、牛乳も買って来いって言ったでしょ!」
「きょ、今日はもう売り切れって……」
「嘘をつくのは止めなさい!」
少年は家から閉め出されてしまいました。
少年の家は貧しかったのです。貧しさと言うのは、身体的だけではなく、精神的にも大きな負荷をもたらします。
富の貧しさは、心の貧しさまでも生み出してしまうのです。
もちろん、全ての人がそれに当てはまる訳ではありません。ですが、残念ながらこの家庭にはそれが当てはまってしまったのです。
「ぐすっ、ぐすっ」
少年は泣きながら村を歩いていました。
ですがそれを気に留める大人たちはいません。
この頃、この国では内乱が続き、みんな貧しくなっていたのです。だから他の人に気を使える人間はいません。
だれだって自分が大事なのですから。
「そうだ」
少年は思い出しました。
森で出会ったお姉さんのことです。彼女は、困ったら来いと言っていました。
この他人が他人に興味を持てなくなった国で、少年はお姉さんを頼ることにしました。
少年は母親が嫌いなわけではありません。戦争で顔を知らずに亡くなった父親の分まで、母親は自分のことを育ててくれているからです。
ですが、時々苦しくなるのです。
少年と同年代の子供たちは、みんな親が大好きだったからです。学校の参観日には、多くの親が見に来ていました。
少年の母親は一度も来たことがありません。
ですから、他の子の親が羨ましくもあったのです。
感謝はしている、嫌いではない。でも好きではない。そんな関係なのです。
それは子供だけに起こりうる関係ではないでしょう?
少年は夜の森を歩きました。村の人たちは、決して夜に森には入りません。
恐ろしい動物がたくさんいて危ないからです。
少年は恐ろしく思いました。
昼に来た時は、木々が明るい日差しを受けて輝いていました。動物たちも元気に走り回っていました。
ですが夜は雰囲気が全然違います。
若葉色の木々は、暗い影を落として震えています。小さな動物たちは眠ってしまい、今起きているのは、夜行性の獰猛な生き物たちだけです。
少年はお姉さんの家を探しました。
初めは全く見つからず、少年は諦め始めていました。ですが、とうとう見つけたのです。
森の中にある、木でできた小屋のような建物を。
中は明かりがついていました。
少年は扉をノックします。
すると中からあの時のお姉さんが出てきました。
「あ、こ、こんばんは!」
「……こんな夜遅くに来るとはな。というと、やっぱりお前はそうなんじゃな」
お姉さんは心底つまらなそうにつぶやきました。
ですが少年がそれに気づくことはありません。
「お姉さん。しばらくの間、ここに住んでもいい?」
するとお姉さんはにやりと笑いました。
「ふうん。よく見るとなかなかうまそうな……じゃなかった、良い体をしているね。いいよ、入りな」
「ありがとう、お姉さん!」
少年は久しぶりに笑顔を見せました。
最近、村では親切と言う言葉は使わなくなってきています。親切とは、自分を犠牲にする行為でしかないわけですから。
だから少年は嬉しかったのです。
久しぶりに人の善意に触れられたわけですから。
ですが事はそう上手くいきません。
ドアが完全に閉められました。お姉さんは舌なめずりをします。
このお姉さんは村中の人から嫌われていました。なぜなら……
「おいガキ。本当に儂のことを知らんのじゃな?」
「うん。そうだよ」
「そうか。なら都合がいい」
お姉さんは服を脱ぎ始めました。
「わわっ、なんで服を脱ぐの?」
「お前も脱ぐんだよ。その汚い恰好でうろつかれると困るからねえ。早く風呂場まで行くよ」
言われるがままに、少年は服を脱がされ、風呂場まで連れていかれました。
ーーー
風呂から上がると、少年はのぼせてしまいました。
それが長風呂の影響なのかどうかは分かりません。とにかく、少年は顔を真っ赤にして、ふらふらとしていました。
お姉さんは、にたりと嫌な笑みを浮かべていました。
「全く。まだガキの癖にもう色気づいてんのかい。ずうっと焦点が合ってなかったもんねえ」
少年の頭の中はお姉さんの裸で頭がいっぱいでした。
なぜなら彼は基本的に、今までずっと一人で風呂に入ることしかなかったからです。異性の裸と言うのは、ほとんど見たことがありません。
頭はくらくらするのに、体は元気です。
ぐうっとお腹が鳴りました。そういえば、今日はまだ夜ご飯を食べていないことに気が付きました。
ですが、少年は何も食べ物を持っていません。
するとお姉さんは、
「なんだ、腹が減ってるのかい。仕方ないねえ」
そう言うと、キッチンからお皿を二つ運んできてくれました。
一つは暖かいスープ。もう一つは色とりどりの野菜が入ったサラダでした。
少年の夜ご飯と言えば、いつも硬いパンと古い牛乳でした。だから少年には、それがキラキラと輝く、宝石にも見えたのかもしれません。
「これ、食べてもいいの?」
「ああ、食べな」
少年は無我夢中で食べ始めました。
温かみのある食事は久々で、とてもおいしく感じられたのです。冷たいサラダも、味付けがさっぱりとしていて、いくらでも食べられそうでした。
ただご飯を食べているだけなのに、涙が自然とこぼれてきてしまいました。
「ごちそうさま」
少年はお姉さんに笑顔を見せます。
「ありがとう、お姉さん!」
どの純粋無垢な笑顔に、お姉さんも自然と笑みがこぼれました。
「口に合ったのなら良かったよ。さ、そろそろ寝る時間だ」
少年とお姉さんは寝室に行きました。
一つのベットに二人が横たわるのは少し窮屈でした。
「お姉さんはどうして村の人たちから嫌われてるの?」
少年は不思議でした。
こんなにやさしい人なのに、嫌われてしまう理由があるのでしょうか。
それとも、この人は本当は嫌われてなんかいないのかもしれません。村の人たちにちゃんと話せば、受け入れてくれるかもしれません。
話し合えば、きっとわかり合えるはず。なぜならこの人は、こんなにも優しいのだから。
ですがお姉さんは、嫌われていることを否定しませんでした。
「ガキには分からないと思うけどね。儂は魔女っていって、悪い奴なのさ。人間は戦争の原因が魔女にあるって言って、争いの種を生み出すんだよ。本当は人間同士で憎み合っているだけなのにねえ」
少年にはよくわかりませんでした。
ですが、少年は思いました。人間が悪いのではないかと。
目の前の人は、本当はいい人なのに、悪い人間に罪を被せられているだけなのではないかと。
「ただ、勘違いしちゃあいけないよ。魔女は悪い奴さ。魔女は普通のご飯も食べるけどねえ、一番の好物は人間の負の感情なのさ。だから人が憎み合うのは、こちらとしては有難いんだ。負の人間を振りまく人間は醜い。ただ子供は好きだよ。正も負もない、稀有な存在だからね」
「でもお姉さんは、人の悪い気持ちが好きなんじゃないの?」
「そもそも人は嫌いだよ。あんな気持ち悪い生き物は他にない。汚い大人が、綺麗な子供を歪めていく。いつまでも子供でいてくれれば、世界は綺麗になるはずなのにねえ」
お姉さんはため息をつきました。
大人になることがいけないのでしょうか。ですが少年にはまだ分かりません。
ですが、少年はこのお姉さんが村の人が思っているほど、悪い人ではないと考えました。
「お姉さん。僕を魔女の弟子にしてよ」
「カカカッ! 馬鹿を言うな。ただの人間のガキに、魔法が使えるかい」
「お願い!」
少年はお姉さんにぎゅっと抱き着きました。
「ほわああああああああああああ!」
お姉さんは叫びました。
どうやらお姉さんはショタコンらしいのです。ショタに急に抱き着かれると、心が大きく揺さぶられる生き物なのです。
「待て待て待て離せ離せ離せ! 一旦落ち着けぇ!」
「お姉さん急にどうしたの!?」
少年は上目づかいで、お姉さんの顔にぐっと顔を近づけます。
「顔近いいいいいいいいいい! ふわああああああああ!」
次の日から魔法の特訓が始まりました☆
とはいっても、魔法の杖も呪文の本も何もありません。
お姉さんはまず初めに、指で指示してお皿を浮かして見せました。
「魔法に慣れると、色々できて便利だよ。ただ簡単じゃないからねえ。初めは基礎からだよ。分かったかい!?」
「はい!」
しかしお姉さんは何も魔法を教えてくれません。
やることと言えば、走り込みや筋力トレーニング。料理や掃除、洗濯などの家事全般などでした。
しかし少年は、お姉さんを疑うことをしませんでした。
少年はたまに家に帰りました。ですがまた怒鳴れることの繰り返しです。
もう母親には、母親としての役割を果たす気がないようでした。
普通の母親ならば、数日家を空けている子供のことを心配するのが普通でしょう。
少年は悲しみました。唯一の血のつながった他人でしたから。
そんな時は決まってお姉さんに甘えました。
「お姉さん!」
「うひゃあああああ!」
少年がお姉さんに飛びつくと、決まってお姉さんは大きな声を上げます。
少年は一向に魔法が使えるようになりませんでしたが、それでもお姉さんのことを慕っていました。
それだけ、毎日が楽しかったのです。
「いつになったら魔法が使えるの?」
「馬鹿なガキだよ。魔法が数年で使えるようになるもんか」
魔法は使えるようにならなくとも、毎日楽しく暮らしていました。
少年は、お姉さんと暮らすにあたって、家事や訓練を毎日欠かさず行いました。
お姉さんは少年に知恵も与えました。
体が強くても、頭が弱くては生きていけないとのことです。
「お姉さんはどうして初めて会った時、傷だらけだったの?」
「……さあ、そんな前の事忘れちまったよ」
お姉さんは初めて会った時のことを、決して話してくれませんでした。
数年が経ちました。
少年はまだ魔法が使えないままでした。
そのことに焦りを覚えていました。
もしかすると自分に才能がないだけなのかもしれない。もしかしたら、才能がない自分を、お姉さんは見捨ててしまうかもしれない。
そんな思いが頭をよぎります。
だから少年は必死に努力しました。お姉さんから言われた訓練をひたすら行い、勉強もたくさんしました。
その様子を、お姉さんは陰ながら見守っていました。ですが、その努力している様子に、決して口をはさみませんでした。
「お姉さん。僕は、ちゃんと努力で来ているんでしょうか」
「ああ、できてるできてる。そんな深刻に考えなくていい」
「でも」
「分かったよ。今日はいっぱい甘やかしてやる」
その日の夜、お姉さんはベッドの上で少年に抱き着いてきました。
少年はドキドキしました。お姉さんの暖かさが、妙に心地よかったのです。
更に数年が経ちました。
少年はまだ魔法が使えません。ですが、体力や筋力は今や同年代と比べて格別でした。
そしてとても賢く育ちました。
ですが、あまり少年はそのことに喜びを見出しませんでした。
少年の心内には、どれだけ修練しても、魔法を使えない才能がない人間という絶望心が芽生え始めていました。
そして、この頃からお姉さんを疑い始めてきたのです。
「お姉……師匠、本当に僕は魔法が使えるようになりますか?」
「さあな。使えるようになるかどうかはお前次第だ」
「そう……ですよね」
この頃、師匠はなかなか家に帰ってきません。
理由を聞いても答えてもらえず、決まって帰って来る時、彼女はボロボロで帰ってきていたのです。
少年は心配でした。何か嫌な予感がしていたのです。
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