忌み殺しの最狂令嬢 ‐おかしな最強効率厨お嬢様の都市浄化殲滅大作戦‐
あかさや
第1話 最狂令嬢誕生の日
その日、わたしは思い出した。
百年近く続いているいまの平穏が仮初めのものであることを。私たちを蝕む脅威が消えたわけではなく、克服もできていないということを。時を経てそれらが新たな手段をもって、人類の仮初めの平穏は脅かされているということを。それがいまそこにある危機であることを。
かつて人類に倒されたという魔王。それが死した際に残したのは、人類という種と世界を蝕む呪い。魔王が残した大いなる呪いはすさまじく、人類はそれ以降、その生存圏を後退し続けた。
脅威は呪いそのものだけではない。この現代において一番の脅威は、その呪いより生じた忌み者という存在である。
実体を持った呪いであるそいつらは物理的に干渉できるだけなく、本質が呪いであるがゆえに、倒されても己を滅した存在を呪い、道連れとする。
当然、忌み者は極めて低級の個体でも人よりもはるかに強い。そのうえで殺したら道連れにされてしまうのだから最悪だ。
現代、忌み者の脅威に恐れることなく、人類がまともに暮らせる場所は五つの巨大都市だけとなっている。アヴァロン、レッドクリフ、アトランティス、ミクトラン、バビロン。私が産まれ育ってきたアヴァロンは、その都市の中でも世界を蝕む呪いを動力とする、およそ考えられる限りの忌み者をはじく防壁を作り出し、呪いによって蝕まれたあとの世界において最も栄えていた――はずだった。
私の十六歳の誕生日、家族と近しい者を呼んで行われた誕生会のあと、眠りについたあとに彼から聞かされたのは――
百年、人類の脅威である呪いと忌み者を弾き続けてアヴァロンが人知れず窮地にあるという事実。
『お前には、それと戦ってもらう。その力と使い方は与えてやる。ヤツらを蹂躙せしめる圧倒的な力だ。拒否は許さん。というか不可能だ。俺はお前がこの力を振るうに最もふさわしいと判断した。抑止の判断である以上、これはお前の運命だったのだと諦めろ』
夢の中でどこからともなく聞こえてくる言葉。性別も年齢も判然としない声。なんか不思議な感じだ。
いきなり現れてそんな話を聞かされたうえに、忌み者と戦え、拒否は許さないって少し横暴じゃありません? まあ、別に拒否する理由もないので別にいいんですけど、なんというかもっと頼み方とかあるんじゃないですか? わたしは生まれだけはいいのでそのあたりのことは気になってしまうんですけど。
そんなことを思っていると――
『なにを言っている?』
なにって、頼み方があるんじゃないですかってことですけど。だってわたしにそういう命令をしているんでしょう? 拒否できようができまいが、なにをするにしても誰かに命令やら頼みごとをするときは波風立てないようにしたほうがお互い得じゃないですか。そう思いません? わたしの脳内に直接語りかけているひと。
『お前……戦うのが嫌じゃないのか?』
やらなくて済むのならそれに越したことはないですけど、だってあなたの話を聞く限り、拒否はできないんでしょう? それなら嫌もいいもクソもないじゃないですか。どうせ、適当に進学して、親に迷惑がられない程度に働いて、適当にいい暮らしをしていこうと思っていただけですし。人生なんて所詮、死ぬまでの暇つぶしみたいなものですし、やらなきゃいけないっていうのであれば、やりますよ。目標もなく適当に生活を保障されたまま生きるのも悪くはないですが、人生の少しの間くらい刺激的に生きるのも悪くないですから。
『……お前、正気か?』
わたしの脳内に響き渡る声には明らかな困惑が感じられた。
失敬な。私は誰よりも正気である。私よりも正気な人類はないと言ってもいいくらいに正気である。正気というのは正気ということです。であれば、私が正気であることは疑うまでもないでしょう。
それに、やらなきゃいけないわけですし、ちゃんとやらせていただきますよ。これでもわたしは育ちのいいそれなりの優等生なので。サボられるよりは、あなたとしても勤勉に動いてもらったほうがいいんじゃないですか? もしかしたら私が無能な働き者である可能性は否定できませんが。そこは、私は知りません。だって選んだのはあなたですし。わたしは悪くない。
『…………』
わたしの脳内に話しかけている声が声もなく絶句しているのが感じられた。声しかわからないけれど、なんとなくそれがわかった。非常にいいね。やっぱ誰かを困らせるのって娯楽としては最高。
でもまあ、さっきも言ったけど、やるからにはちゃんとやるのでそこは安心してね。わたしは遊びの勉強も与太もやると決めたらしっかりやるのが信条なのです。よかったね。わたしの脳内に直接話しかけている人。きみの運命は、今日叶えられる。
『お前……あの話を聞いてもなんとも思ってないのか?』
あの話というのは? もしかしてさっきのアヴァロンに脅威が迫っているという話? 最近、治安が悪いし、別に不思議じゃないかなって。なにより、ここで驚いたところでなにか現実も変わりませんし、驚いたり文句言ってる暇があったらさっさとできることをやったほうが効率がいいじゃあありませんか。
『いや、もういい。お前がごく一般的な人類からだいぶ逸脱した異常個体であることは充分わかった。なにかしら問題が起こることは予想していたが、まさかこんなことになるとはな。過去前例がないほどの適正持ちであったが――もしかして俺、選ぶ相手間違えた?』
かもしれませんね。でもいまさらそんなことを言ってももう遅い。あなたと話しているときになんかよくわからない不思議パワーが入り込んでいるのがわかってますし。なにより、拒否できないといったのはあなたです。お前が始めた物語なんだから、さっさと諦めてくださーい。予選敗退でーす。いえーい。
『まあいい。どうせ、俺には相手を選ぶこともできんしな。こうなったらお前と付き合ってやる。その代わり、さっきも言った通り、やることをやってくれりゃあいい。見たところ、お前はイカれてはいるが、悪ではなさそうだ。だからこそ性質が悪いんだが』
性質が悪いなんて人聞きが悪いですね。これでもわたくし、アヴァロンの六盟主のスターゲート家の三女ですよ。現代において貴族も王族ももはや名誉称号でしかないですけど、それでも長年高貴な立場であったことは間違いないですし。そんな相手に対して性質が悪いだなんて、誹謗中傷で開示請求しますよ。最近のすごい技術なら、脳内に直接話しかけている相手にも開示請求できるかもしれませんし。
『…………』
なんで黙るんです? なにが問題なんだ? 言ってみろ。
『お前……いままでよく社会生活できたな』
なに言ってんの当たり前じゃん。社会性があるからこそちゃんと生活できてきたに決まってるじゃないですか。これでもいい生まれのお嬢様なんですよアテクシ。外面くらいよくすることはできますよ。むしろそれだけでいままで生きてきたと言っても過言ではないくらいです。脳内に直接話しかけてきている人に、そんな反社会的な人物と思われていたなんて、ショックです。どこの誰かは知りませんけど。
『わかった。こっちが話したらその何倍も返してくるんじゃない。お前は会話をなんだと思ってるんだ』
わたしの脳内に諦めに満ちた声が聞こえてくる。
どうやら、この弁論はわたしに勝ちのようですね。これで格付けは完了いたしました。わたしの脳内に直接話しかけている人。
『もういい。いつまでもここで話をしていても仕方ない。そろそろ起きろ。本格的な話はそっちでやる』
えー。もっと話をしたかったのに。せっかく面白おかしく使えそうなおもちゃが来てくれたのに。でもまあいいか。これから長い付き合いになりそうだし。
そんなことを思ったところで――
わたしの周囲は光に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます