名前に財産価値ができちゃう世界

ちびまるフォイ

名前をほしがる名前のない生物

「なんとなくクレーンで取れちゃったけど

 なんか家に帰ったとたんに要らなくなるなぁ……」


ゲームセンターでテンションがあがり、

クレーンゲームでとったぬいぐるみ。

すでに捨てる算段を考えてしまうこの現象。


「こういう気持ちってなんか名前あるのかな」


暇つぶしがてら名前を検索してみるが、

当然のごとく名前など決まっていない。

そのかわり見つかったのは「命名財産権」だった。


「へえ、今は名前は財産として登録されるんだ」


ふと、手元にあるぬいぐるみに目が行く。


「この急に冷めて要らなくなる現象も、

 名前をつけたらその財産として認められるのかな」


この現象の名前は"ゲット&リリース現象"として命名。

財産として認められると、仮想通貨100万Nameが入ってきた。


「こんな雑な名前でこれだけお金?が手に入るのか。

 もしかしてこれってかなりオトクなんじゃ……!」


たかだか名前をつけるだけならいくらでもできる。

そして今はまだ多くの人が名前をつけかねている現象が山ほどある。


「ようし名前をつけまくって、俺が名前の支配者になってやる!」


暇人に行動力とアイデアを与えると収集がつかなくなる。

この傾向もなにかあとで名前をつけておこう。


「校長先生が静かになるまで時間を測る行為は『サイレント・タイマー』」


「電車でひとりだけ逆方向を向いて立つ人を『トレインリベンジャー』」


「会社で定時ぴったりに帰るのが気まずい感情を『シャドウリミット』」


なぜか洋画のタイトルっぽくなってしまうのはどうしてか。

とにかく名前を大量生産すると、自分の仮想通貨がどんどん増える。


「す、すごい! 1億Nameも財産ができちゃった!!」


これで何が買えるのかはわからない。

でも1億も手に入ったのだからきっとすごいのだろう。


「俺は恐ろしい錬金術を知ってしまったのかもしれない。

 この調子でガンガン名前をつけまくってやろう!」


名付けは初速が肝心。

とにかく誰もが見向きもしなかったものを見つけて、

それにぴったりな名前を素早くつけるのが大事。


あれもこれもと手当たりしだいに名前をつけていったが、

あるときを境にName残高があまり増えなくなった。


「おかしいな。先月は100個も名前をつけた。

 今月は200個も名前をつけた。なのに、収入は先月のほうが上。

 いったい何が起きてるんだ……?」


どれだけ名前をつけてもName残高の上昇は微々たるものだった。


普段、テレビを見ない自分が世俗の情報に触れるのは

家電量販店のテレビ売り場で流しっぱのニュースを見たときだった。


『今、若い人の間でも名前をつけるブームが来ています。

 みなさん、Nameで早い段階で資産運用しています』


「えっ!? そうなの!?」


ニュースでは小学生すら命名財産で資産運用だとか特集している。

今まで以上に名前に価値がつかなくなったのもうなづける。


希少性が失われたからだ。


今や誰も見向きすらしないようなものにの名前がつけられ、

多すぎる名前は他の名前の価値をにごらせてしまった。


「あ、ああ……俺の名前の価値が……」


先んじて名前をつけていた命名財産たちも、

名前バブルの影響でどんどん希少価値が低くなり価格は低迷。


一時期は10億Nameもあった財産が、すでに100Nameほどの価値しかなくなっていた。


変に大きな金額を手に入れた気になっていただけに、

その価値が暴落するのはあまりに精神に悪い。


そして、今後も大量のミーハー命名者たちがやってきて

命名史上をイナゴのごとく食い荒らしてしまうだろう。


Nameの価値はもうない。


「捨てよう……。もうこんなのゴミだ……」


向かったのは名前を消去する「命名焼却場」。

カバンにいっぱいの命名メモリデータを積んで持ってきた。


しかし、工場に入る前にうすぎたない男が呼び止めた。


「お、お前、ここで名前を捨てるんだか?」


「あ、ああ。それがなにか?」


「んだら、オラに名前をくれ。どうせ捨てるゴミだろな?」


「別にいいけど……」


「やったど! やったどーー!」


「言っておくが、そんなものはゴミだ。

 価値があがると期待して保有してても意味ないぞ。

 

 ……って聞いてないか」


ホームレスははしゃぎ倒して聞く耳をもたなかった。


その後、名前市場は予想通り大きく膨らんだあと破裂。

大量の命名により価値が下がり、一気に名前を捨てる流れとなった。


もう誰も名前のことを考えなくなった頃だった。


ネットニュースでかつて見覚えのある顔を見つけてしまった。


「こいつ……あのときのホームレスじゃん!!」


ニュースの記事にはホームレスから億万長者への

シンデレラサクセスストーリーが書かれている。


それによれば、ホームレスはその後も捨てられた名前を回収。


そして自分で「名前のないものの辞書」を作り出版。

これが大ヒットしてひと財産を築いたというのだから驚きだ。


たしかに名前の財産価値は失われた。

でも名前を使った別の売り方をすると価値が生まれるなんて。


「ふ、ふざけんな! もとはといえば俺のつけた名前じゃないか!」


ホームレスへの妬みなのか、名付け親心なのか。

この感情に名前はないがホームレスへの怒りは止まらなかった。


なんとか現住所を突き止めて直談判へ向かう。


「おい! 俺の名前をかってに書籍化したそうじゃないか!」


「な、なんだべ。お前さんあのとき名前を捨てただろ」


「捨て……たかもしれないが、所有権はまだ俺のもののはずだ!」


「なにを言っとるんだべ」


「命名財産権の所有者はまだ俺のままのはず!」


「そりゃあんたが面倒くさがって、役所に届け出してなかっただけだべ!」


「理由なんかどうでもいい!

 とにかく、お前の辞書にある名前のいくつかは

 俺がつけた、俺の名前だ! 金をもらう権利がある!」


「盗賊の発想でねぇか!」


「うるせぇーー! ホームレスごときがーー!!」


手が止まらなかった。


近くにあった辞書でホームレスを強打すると、

床に倒れたまま動かなくなった。


「はは、ははは……罰があたったんだ。

 人の名前をつかって商売なんてするからだ!」


手元に残ったのは、投棄された名前を寄せ集めた辞書。

それらの所有権はすべて自分に移し替える。


もう他の人が自分のように名前の財産所有権を訴えても無駄。


この世界に名前のない名前はすべて自分のものだ。


「あは、あはははは! 俺がこの世界の名前の王だ!

 俺が誰よりも名前を知っている!! 名付けの王だ!!」


すると、窓から青白い光が差し込んできた。


「……なんだ?」


窓に顔を近づけた瞬間だった。


なにかに吸い寄せられたかと思うと、

次に目を開けたときにはUFOの中に囚われていた。


「どうなってる!? なんだここは!?」


感情の一切を感じさせない宇宙人は、

船の中にある怪しげな器材を手に取り始めている。


その中にはメスのような鋭い刃物も見られる。


「や、やめろ! 離してくれ!!」


『ワレワレ、チキュウジン、シル。チノウ、ホシイ』


「なんでよりによって俺なんだよ!!

 俺なんか全然あたまよくないし! それに、それにーー!!」


どんな弁解をしても宇宙人の手先に迷いはなかった。



『オマエ、イチバン、ナマエシッテルナ。

 チキュウシリタイ、カラ、オマエ、キュウシュウ』


ソレは不気味はほど細い3本の指で脳を吸い取ってしまった。

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