第63話 孤独という呪い

三途の川のほとりには、今日も冷たく湿った霧が漂っていたが、その中には深い孤独の影が忍び込んでいた。少女は、今日訪れる魂が、生前に孤独の呪いに囚われていた者であることを感じ取った。その孤独が彼を縛りつけ、この地に留めているのだろう。


「今日やってくる亡者は、孤独に囚われた者だ。」


脱衣婆の冷静な声が霧の中に響いた。孤独――それは人間の心を蝕む最も深い感情の一つであり、時に魂を孤立させ、他者との繋がりを断ち切るものでもある。彼がその孤独を手放せない限り、魂は救われることはない。


霧の中から現れたのは、静かな瞳を持つ中年の女性だった。彼女の姿には深い疲労が漂い、その表情には他者との断絶による孤独の痛みが刻まれていた。彼女は、生前に孤独に苛まれ、それを抱えたまま命を終えたのだろう。


「彼女は、生前に誰とも繋がることができず、孤独の中で生き続けました。その孤独が彼女の魂をここに留めています。」


脱衣婆の説明に、少女は彼女の表情をじっと見つめた。彼女が抱える孤独の重さが、その魂を深く縛りつけていることが伝わってきた。


「あなたは、どうして孤独に囚われてしまったのですか?」


少女は静かに問いかけた。彼女の声は優しく、しかしその言葉はまっすぐに女性の心に届くように響いていた。女性はしばらく何も答えず、ただ静かに立ち尽くしていたが、やがて重い声で話し始めた。


「私は……他人を信じることができなかった……何度も裏切られて、誰かを信じるのが怖くなった……だから、誰とも深く繋がることを避け、自分から孤独を選んでしまった……でも、それがどれほど辛いことか気付いた時には、もう遅かった……」


彼女の言葉には、深い哀しみと自己嫌悪が込められていた。彼女は、人との繋がりを恐れるあまり、自ら孤独を選び取ってしまったことを後悔していたのだ。


「あなたが抱えていたのは、人との繋がりを恐れるあまり、自分を孤立させてしまった後悔と、その孤独に囚われた苦しみだったのですね。」


少女はさらに問いかけた。彼女がその孤独にどれほど囚われ、何を感じてきたのかを理解するために、慎重に言葉を選んだ。


「そう……私は他人に心を開けなかった……誰も信じられないと思い込んで、ただ自分の殻の中に閉じこもっていた……でも、それがどれだけ自分を苦しめるかも分からなかった……」


彼女の声は震えており、その言葉には深い孤独と哀しみが感じられた。彼女は、自らが選んだ孤独に囚われ続けた結果、他者との絆を失ってしまったことを悔いていたのだ。


「孤独は自分を守るための盾になることもありますが、それが心を閉ざし、絆を断つ壁となることもあります。あなたがその壁を取り払い、誰かとの繋がりを求めることで、魂は救われるかもしれません。他者を信じる勇気が、孤独を癒す鍵なのです。」


少女は彼女に向かって静かに語りかけた。彼女がその孤独を手放し、誰かを信じる力を見つけることで魂の救いを見出せるようにと、優しく言葉を紡いだ。


「でも……私はもう誰かを信じることができない……裏切られることが怖い……それなら、孤独でいる方が楽だった……」


彼女の声は弱々しく、その言葉には深い無力感と恐れが込められていた。彼女は、人との繋がりに伴う痛みを避けるために孤独を選び続けた自分を責めていたのだ。


「孤独を選んだとしても、その選択は愛や絆の価値を否定するものではありません。あなたの中にある愛の欠片を見つけ、それを誰かと分かち合うことで、孤独は癒されるでしょう。他者との繋がりは、心の壁を乗り越えた先に見つかります。」


少女は彼女に向かって優しく微笑んだ。その微笑みには、彼女が孤独を癒し、他者と繋がる力を見つけられるようにとの祈りが込められていた。


「そうか……私が完全に孤独だったわけではないのかもしれない……どこかに、私を理解してくれる誰かがいるのかもしれない……その可能性を信じることで、私は変われるのだろうか……」


彼女の言葉には、ほんのわずかながらも未来を見据える光が感じられた。彼女は、孤独を越えて誰かと繋がる可能性を見出し始めていた。


「あなたの中にあるその思いは、他者と繋がる力となります。その思いを胸に抱き、孤独を乗り越えることで、魂は安らぎを得るでしょう。」


少女は彼女に対して力強く語りかけた。彼女がその孤独を超え、他者と繋がる力を得られるようにと、心を込めて言葉を紡いだ。


しばらくの間、彼女は何も言わずに立ち尽くしていたが、やがて顔を上げた。その目には、わずかに希望の光が宿り始めていた。


「私は……その道を選びたい……孤独を手放し、誰かと繋がる未来を信じたい……」


彼女の言葉に、少女は微笑んだ。彼女が孤独を越え、他者との繋がりを求める道を選んだことに、少女は安堵した。


「よろしい。あなたが選んだその道が、あなたの魂を救うことになるでしょう。」


脱衣婆が静かに告げると、霧の中から一筋の光が差し込み、彼女の姿を包み込んだ。彼女の表情は次第に穏やかになり、孤独から解放されたその顔には、ようやく安らぎが訪れた。


「ありがとう……」


彼女の最後の言葉が、少女の耳に届いた。やがて、彼女の姿は光の中に溶け込んでいった。


「今日の裁きから、何を学びましたか?」


脱衣婆が静かに問いかけた。少女はしばらく考え、静かに答えた。


「孤独を選んだとしても、その中にある愛の欠片を見つけ、他者と分かち合うことで魂は救われます。他者を信じる勇気が、孤独を癒す力になるのだと学びました。」


脱衣婆は満足そうに頷き、次の亡者がやってくる準備を整えた。少女もまた、その言葉を胸に刻み込み、次なる裁きに向けて心を整えた。


霧が再び立ち込め、次の魂が訪れる予感が漂ってきた。少女はその静かな風を感じながら、今日の裁きがもたらした教訓を胸に、次なる試練に備えて心を引き締めた。

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