わたしは見習い脱衣婆

白鷺(楓賢)

プロローグ

薄暗い霧が漂う、三途の川のほとり。遠くから聞こえる波音と共に、冷たい風が亡者たちの嘆きを運んでくる。ここは、生と死の狭間に位置する場所――生前の行いに応じて、彼岸へと導かれるか、地獄へと落とされるかが決まる、最後の審判の場である。


川の岸辺には、枯れた柳の木が立ち並び、その枝には無数の衣が重く垂れ下がっている。それらは、脱衣婆が訪れる死者たちから剥ぎ取った衣服であり、彼らが背負った罪の象徴だ。その衣が風に揺れるたび、死者の業が小さな音を立ててささやくようだ。


「次は誰だい?」


脱衣婆の声が、静かに響く。歳を重ねたその姿には、歳月と共に刻まれた無数のシワがあるが、その眼差しは鋭く、全てを見通すかのように光っている。彼女は、日々訪れる死者の罪を秤にかけ、その行き先を見定めるという重い役割を担っていた。


しかし、今日はいつもと少し違っていた。脱衣婆の隣には、小柄な少女が立っていた。薄い着物に包まれた彼女の顔には、不安と恐れが混じった表情が浮かんでいる。彼女は、今日からこの地で脱衣婆の見習いとして働くことになったのだ。


「よく見ておくんだよ。これが、死者の罪を測るということだ」


脱衣婆は少女にそう告げると、目の前に立つ一人の亡者に向き直った。怯えた表情の亡者は、彼女の手によって無言で衣を剥ぎ取られ、天秤の前に立たされる。見習いの少女は、その光景を息を飲んで見つめていた。


天秤が、わずかに揺れた。その揺れが、亡者の罪の重さを物語る。脱衣婆は慎重に天秤の動きを見つめ、その先に待つ地獄の門へと導くべきか、あるいは救いの光を与えるべきかを見極める。


「この仕事は、ただの作業じゃない。死者の過去と、未来を決めるんだ」


脱衣婆の言葉は、少女の胸に深く響いた。この地で何を学び、何を感じるのか――少女はまだ知らない。しかし、これから待ち受ける数々の亡者たちとの出会いが、彼女の心を試し、成長させるだろう。


そして、彼女もまた、脱衣婆としての道を歩み始めるのである。

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