同じクラスの銀髪クーデレ美少女に金を貸したら

@bunbunscooter

第1話「雪、銀髪、コンビニにて」その①

 僕のクラスには、雪月華蓮ゆきづき かれんという銀髪美少女がいる。

聞いた話では母親が外国人らしくて、人形みたいに整った顔立ちと肌の白さはそれが理由なのかとひとり納得したのも記憶に新しい。


 物静かで物憂げな雪月はいつも窓際にある自分の席に座っていて、休み時間もそこから動くことなく、読書ばかりしている。


 読んでいる本は主に小中学生を対象年齢とした文庫本だ。しかも、それほどページ数も多くない本を何日もかけて読んでいるのだ。寡黙な読書家タイプの美少女は分厚いハードカバーのSFやニーチェあたりの思想書を読んでいて、子供向けの本なんてものの数秒で読破してしまうものだという勝手な固定観念を抱いている僕からすれば、それは意外だった。


 とはいえ、小中学生向けとされている本でも、超自然や哲学的な観点から深く読み解こうとすればいくらでもできるだろうし、ひょっとすると同じ本を何度も繰り返し読んでいるだけなのかもしれない。


 そんな彼女は昼休みになると小さなトートバックを片手に(恐らく弁当の包みだろう)どこかへ消えてしまう。


 授業中も、授業に出てさえいるものの、気配を完全に消してしまっている。同じ教室内にいる僕でさえ一瞬気が付かないほどに。


 そして雪月は誰ともかかわることなく一日を終え、誰も気づかぬ間に教室からいなくなっているのだった。


 その気配の無さはまるで相当な『絶』の使い手か、ミラージュコロイドが標準装備されているのか……。


 とにかく、雪月は外界との接触を断っているようで、高校入学当初こそ彼女と交流を持とうとするクラスメイトは男女問わずいたのだけれど、夏休みや体育祭も終わりいよいよ冬も目前となった今日この頃においては、雪月は謎めいた孤高の美少女というポジションを確立していたのだった。少なくとも、僕はそう感じている。


 で。


 どうして雪月華蓮という銀髪美少女についてタラタラと長ったらしい描写を続けて来たかというと、その雪月が今僕の目の前でレジの支払いが出来ず困っているからである。


 順を追って説明しよう。


 時刻は深夜。


 小腹が空いた僕はカップ麺でも買おうと近所のコンビニへ足を運んだ。


 が、不運なことに、僕のお気に入りである激辛タンメンは売り切れていたため、仕方なくその隣の列にあった担々麺を手に取りレジに並んでいた。


 ちなみにタンメンと担々麺の違いは味付けが辛いか辛くないかだが(諸説あり)、 近年は辛いタンメンも増えており、いよいよもってその差異は無くなってきている―――というのはさておいて。

 

 レジ前の列に並んだ瞬間、特徴的な銀髪が目に入った。


 まさかと思ったが、僕の前に並んでいた人物は雪月華蓮その人だった。


 上下揃いのスウェットにパーカーを羽織っただけの、かなり生活感のある服装をしている。


 声を掛けようかとも思ったけれど、高校に入学して以来一度も会話を交わしていない相手からいきなり話しかけられても迷惑だろうと思い、僕は雪月の存在に気が付かないふりをした。


 そして雪月の前の客が支払いを終えレジを去り、雪月が差し出した商品の情報を店員がバーコードリーダーで読み取った直後――事件は起こった。


 店員から支払金額を告げられた雪月は、何も言わずスマホの画面を見せた。バーコード決済をしようというのだろう。


 彼女の意志を汲み取った店員はバーコードリーダーを雪月のスマホ画面に当て――淡々と言った。


「残高が足りてないみたいですね」

「え」


 クールに驚く声が聞こえた。


 それは僕がしばらくぶりに耳にした雪月の声だった。


「不足分はどうされますか? 現金で払われますか?」

「あ、いや、その……」


 戸惑う雪月。


 どう見ても雪月はスマホ以外持っていない――つまり、今の彼女には不足分を支払う方法がないってことか。


「お客様、どうされますか?」


 店員の問いかけに雪月は硬直してしまい答えられない。


 その様子を見た僕は、咄嗟に声を上げていた。


「僕が代わりに払いますよ」

「……え?」


 雪月がこちらを振り返る。


 少し青みのかかった瞳と目が合った。


 その後ろで、店員さんが訝しげな表情を浮かべ僕を見ていた。


「あの、僕、知り合いなんで。この人と。いくらですか?」

「不足分が16円ですね」

「分かりました。ついでにこれもお願いできますか?」

「カップ麺が一点ですね」


 レジのディスプレイに金額が表示され、僕はその通りに支払いを済ませた。


 そして、僕と雪月はそのまま二人一緒にコンビニを出た。


 自動ドアを通り抜けると、夜の冷たい風が僕の頬を撫でた。


 ふつーに寒い。もう少し厚手の上着を着てくるべきだった。


 しかし、それにしても……と、僕は隣へ視線を向ける。


 そこにはスウェット姿の雪月がなんとも言えない表情で立っていた。


 女子と二人きりなんて高校に入ってから一度もなかったシチュエーションだ。こういうとき何て言えばいいんだっけ。他人とコミュニケーションをとらなすぎて忘れてしまった。


 とりあえず、気にするなってくらい言っておくか。


 僕は口を開いた。


「あのさ、」

「その……」


 発言が被った。


 雪月が恥ずかしそうに口元を押さえる。


「いや、何でもないよ。先に言えよ」

「わ……私も大したことではないわ。ああ、いえ、大したことないわけでもないのだけれど、どうしても今すぐ言わなければならないというわけではないの」

「ややこしいな……。良いから先に言ってくれよ」


 気まずさを誤魔化すように、雪月は小さく咳払いをした。


「分かったわ。あの、さっきはありがとう。助かったわ」

「良いんだよ、16円くらい。気にするな」

「そういうわけにはいかないわよ。きちんと返すから」

「……まあ、気の向いたときでいいよ」

「貨幣価値が変わらないうちに返すわ」

「何年借りるつもりなんだ……!」


 ちなみに昭和40年の16円は現在の50円以上(諸説あり)。


「とにかく、感謝してる。ええと、朝日くんだったかしら」


 意外だ。


 僕の名前を憶えられていた。


 てっきり他人には興味がないタイプかと思っていた。特に僕のような普通の人間には。


「そう、朝日紫苑あさひ しおん。よく覚えてたな」

「同じクラスになって半年以上経っているのよ。ある程度は覚えているわ。まさかこんなところで会うとは思っていなかったのだけれど」

「それは僕も同感だ。びっくりだよ、雪月が夜な夜なコンビニで買い食いだなんて」

「少し夜食をね。いつもなら帰り道に寄っていたのだけれど、今日は同じ学校の人がいたからこの時間を選んだの。だけど結局はそれが裏目に出た形――いえ、むしろラッキーだったかもしれないわね。あなたがいなければどんな目に遭わされていたか分からなかったもの」

「本当に偶然だったな」

「私知っているわ。コンビニでお金が払えなかった女子高生はバックヤードに連れていかれて身体で不足分を払わされるのよ」

「どこで知ったんだそんな知識……。支払いできない分の商品を返せば済む話だったと思うぞ」

「えっ、そうなの? パパの部屋のベッド下にあったDVDではそんなシーンがあったのだけれど」

「そっとしておいてやってくれ、多分見られたくないDVDだから」


 しかし女子高生の娘がいながらそんなジャンルのAVを保有しているとは――なかなかにギルティ。


「大人に秘密はつきもの、というわけね」

「ちなみに感想は?」

「……そ、そんなこと言えるわけないじゃない。破廉恥ね」


 雪月の白い頬に赤みがさした。


 一応破廉恥な映像だという意識はあったらしい。


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