平行世界に飛ばされて

しもつ

第1話 飛び込んだ異世界

 並行世界。パラレルワールドとも言うらしい。

 実在するかどうかはわからないが、存在しているかもしれない。

 この小説と言っていいのかどうか怪しい話の塊は、パラレルワールドが存在した世界のお話である。当然フィクションであり、登場する人物はすべて実在しない架空の人物だ。

 その代わり、話をわかりやすくするために一部の場面において実際の地名が出てくることはあり得る。そこはすべて了承いただいたうえで読んでほしい。これはあくまで架空のお話。物語なのだから。

 このお話の最初は、日本の何処かに住んでいるとある少年と、その幼馴染である少女の2人が出てくるところから始まる。

 年は2024年ごろであろうか、季節は春である。桜の散り際ぐらいであるから、4月の後半以降だ。



 舞台は、関西。関西の中でも「北摂」の「三島地域」というべき場所で、執筆をする作者の知っている範囲で言えば大阪府の茨木市、高槻市あたりだ。(Wikipediaによれば、吹田市、摂津市、島本町も該当するようです)

 この話の主人公は、大阪府北東部にある学校に通う2人の少年少女である。

 少年の名前は伏見ふしみ 浩多郎こうたろうという。身長こそ170センチメートルほどあるが、メガネを掛けた、黒髪でやや暗めの風貌をしている。また、親からもらった銀色の懐中時計を持ち歩いている。

 生まれてから一度も引っ越しをせず地元で育っているが、あまり家から出るのが好きではないために家で漫画を見るのが好きなようだ。

 彼は現在高校一年生だが、校内でこそ喋ることができる友人がいるものの、校外では他の同級生と関わるようなことはせず一人で過ごすことが多い。2人とも年齢は16で、誕生日も近い。

 なぜなら他の生徒と帰宅経路が違うためで、どうしても喋る時間が短い。故にとある同い年の少女以外とは喋る時間が少ないのだ。稀に放課後に遊びに行くこともあるが、その時以外は静かだ。

 その少女というのが、北山きたやま 遊里ゆうり。浩多郎の幼馴染である。彼女は、母方の祖父母からもらったという浩多郎のものとそっくりな金色の懐中時計を持っている。

 彼女は茶髪であり、かなりクラスでも目立つような人物だ。しかし浩多郎と同じように他の生徒と帰宅経路が違うためにどうしても喋る相手が浩多郎ばかりになってしまう。

 もちろん学校帰りに遊びに行く場合は別だが、何もないような日には家の近い浩多郎と一緒に帰ることが多いのだ。

 そして今日。

「何もない日」に浩多郎と遊里の2人は他の同級生と挨拶を交わし、2人だけで駅のホームに向かった。

 他の生徒は紺とオレンジの電車に乗って帰宅するが、彼らは栗色の電車に乗って帰宅するのだ。

 2人は早く家に帰れるよう、早足で階段を駆け下りた。

 浩多郎は

「転ぶなよ、ここの階段は急なんだから」

 と言って急ぐ遊里を注意するが、

 遊里は

「私は早く帰りたいの、浩多郎だってそうでしょ?」

 と彼の注意も聞かずに下まで降りた。

「確かにそうだけどさ…」

 と彼は遊里の後を追い、ホームに降り、遊里の隣に並んだ。

 並んでからしばらくして、ホームに電車がかなりの勢いで滑り込んできた。

 彼らは電車のドアが開くと同時に、大半の生徒とは逆方向に向かう電車に乗る。

 そしてオリーブ色の席に座り手のひらサイズの板のような携帯電話、いやスマートフォンを触り始める。

 浩多郎はインターネットの海を乗りこなしながら自分の嗜好にあった二次創作のイラストを眺め、遊里は欲しい本を探すために検索サイトの画面と格闘している。

 いつもと同じ時間を、同じ人と過ごす。

 木目調の車内には淡く黄色い光が差し込み、電車は猛烈な唸りをあげながら東へと進んでいく。

 次第に景色は住宅地から田園風景へと変わっていき、再開発の途上であろう建設現場も見えてきた。さらに田舎とも都会とも言い難い景色を栗色の電車は進み、青と白の弾丸列車が隣を走る場所にまで帰ってきた。

 北側には徐々に山が迫り、南側にはこの地域を代表する河川の一つが見え始め、街と街の境目がはっきりとわかる。しかし2人はそのような景色など毎日見ているので飽きており、スマートフォンをずっと眺めていた。

 板のような薄っぺらい携帯電話を見ているだけで時間は過ぎていき、もうまもなく彼らの降りる駅が近づいてきていた。




 彼らは座っていた座席を立ち、目の前の板を使って現在時刻を確認する。

 窓からは淡い朱色の光が差し込む。時刻は18時前で、すでに太陽は沈みかけている。

 遊里は、ドアの前に立ち、溜め息をついた。

「なんか、毎日同じように過ごしているせいか変化がないよね。」

 すると、浩多郎も同じようにため息をついた。

「僕もそう思うよ。毎日が同じことの繰り返しで、刺激を求めちゃうよね。」

「ああ、何か面白いこと起こらないかなあ。」

 遊里は浩多郎の方を向いて何かを求めるような眼差しで口を開いた。

「わかるよ、僕も刺激が欲しいんだ。」

 浩多郎はそう言って彼女の発言に同意する。

 彼らが会話のキャチボールをしているうちに電車は駅に到着し、ギロチンのような「ガラガラガラガラ」という音を立ててドアが開く。

「降りようか。」浩多郎が言うのと同時に2人は電車から降りた。

 彼らは電車が去る前から早く家に帰りたいとばかりに、夕焼けを背にして改札に大急ぎで向かう。

 栗色の電車が「普段ならありえないほどの急加速をしていく」のを気にも留めず、彼らは階段を駆け下りた。




 すでに陽は沈んでいたので彼らが改札を出たときにはすでに駅前は真っ暗だった。

 しかし、どうもおかしい。

 浩多郎は自分のスマートフォンで時刻を確認した。

 駅に着いてから、さっさと改札を出たというのに時刻が1時間以上経って19時半を示している。

 彼は慌てて自分が持っていた銀の懐中時計を取り出し、スマートフォンの時刻と相違がないか確かめた。

 するとだ。


「嘘だろ、1時間半も経ってるぞ…」


 懐中時計の方も1時間半経っているではないか。

 駅に着いてから改札を出るまで、彼と遊里の足ではどれだけ遅く歩いても5分はかからない。なのに駅に着いてから改札を出たら1時間半も経っている。

 その上時計の針の進み方がいつもより速い。

 浩多郎は慌てて遊里に声をかけ、彼女にも現在の時間を見てもらうようにお願いした。

 遊里は自分のスマートフォンの時計を見るやいなや驚きの表情を浮かべた。


「嘘でしょ、私が時間を見た時はまだ18時をちょっと過ぎたところだったのに。」


 さらに彼女は画面を凝視し、


「今の時刻が19時半なんておかしいよ。さっき降りたときは18時過ぎだったんだよ?」


 と疑問を口にした。

 浩多郎もそれに続き、


「そうなんだよ。しかも、今見たら懐中時計もスマホの時計もどんどん時間が経つのが早くなっているんだ。」

 と言い、彼女にスマートフォンの画面を見せた。


 彼のスマートフォンの画面は、普段なら頻繁には変わらないはずのデジタル時刻表示が。


 1分。


 2分。


 3分。


 4分。


 徐々に時計の数字が変わる速度が速くなり、空を見上げれば星が異様な速さで西から東へと流れて行く。


 普段ならばありえない。


 自分たちが学校の授業で習ったことが、一瞬にして崩れ落ちるようなことが起きている。


 気づけば普段はそれなりに人がいるはずの駅前の通りは誰一人として歩いていない状態となり、電灯も点滅している。


 これは超常現象か?


 2人は目の前で起きている事を理解できていない。


「浩多郎…一体起きてるの!?」


「僕に聞かれてもわからないよ!」


 そうしているうちに今度は太陽が昇って来た。


 ところが昇ってきた太陽はまたすぐ沈んだ。


 太陽はグルグルと地球の周りを高速回転しているかのように昇ったり沈んだりを繰り返す。


 遊里は


「眩しいっ!」


 と目の前の景色を見ることを拒み、


 浩多郎は


「太陽の動きが早すぎる!」


 ということにしか注目できずにその場で立ち尽くした。


 あまりにも自分たちの視界が変化するため、ついに2人は目を閉じてしまった。


 ついには彼らの意識も途絶え、アスファルトの地面に倒れ込んだ。


 2人は、普通に暮らしていれば出会うことのないこの不思議な出来事に翻弄され、意識不明に。


 それどころか、謎の光に包まれて彼らの身体は我々が普段暮らしている「現実世界ほんとうのせかい」から消えてしまった。


 伏見浩多郎と、北山遊里が行方不明になったのである。




 彼らの家族は懸命に2人の行方を捜索するが、見つかる気配は一向にない。

 警察も全力を尽くして、ありとあらゆる場所を探してくれるが見つかったという話が一切入ってこない。

 全国で捜索願を出すことも検討されたが、彼らの行動範囲と目撃情報が2人の普段暮らしている範囲以外で一切ないことから却下された。

 誘拐されたのか。それとも、家出したのか。

 近所の大人たちは様々な可能性を考えた。

 だが結局は、ただ行方をくらましたという結論に落ち着かざるを得なかった。誘拐したと思われる証拠が一切残っておらず、なんの前触れもなく消えたからだ。

 学校においても2人は行方不明者として扱われ、クラスメイトは「いつ戻ってくるのか」と最初のほうこそ心配していた。

 だが、数日もすれば大半の人間は2人のことを忘れるだろう。事実、1週間と経たずにクラスメイトのほとんどは2人のことを話題にしなくなった。

 それでも、彼らはあくまで「消えた」だけ。死んではいなかった。

 となれば、伏見浩多郎と北山遊里の2人は何処へ行ったのか。当然読者の皆様も気になることだろう。

 もちろん、現実世界のどこかにいるわけではない。

 では彼らの現在地は何処なのか。


 その答えは、異世界。いや、並行世界というべきであろう。



 なんと、伏見浩多郎と北山遊里という2人の少年少女は突然の超常現象のようなもので、「平行世界パラレルワールド」に飛ばされてしまったのである!


 彼らは、普通に暮らしていたはずの高校生だ。平穏な日々を過ごし、今日も家に帰れば親の作ってくれる晩御飯を食べて、勉強や読書等の趣味の時間を持ち寝るまでの時間を過ごしていたはずだ。


 なぜ2人は、いわゆる異世界に飛ばされたのか。


 神の思し召しか?


 上位存在の気まぐれか?


 いや、違う。


 彼らは、懐中時計によって飛ばされた。正確に言えば、懐中時計を作った人物によって仕組まれた、とある仕掛けによってだ。

 彼らは不幸にも異世界に飛ばされる対象に選ばれてしまった。自分たちが全く知らない世界へと、勝手な第三者によって引きずり込まれてしまった。

 なぜ彼らが選ばれたのかは、この物語を読み進めていくうちにわかるだろう。2人が飛ばされたのは、決して偶然ではないのだ。

 時計に仕組まれた仕掛けは、世界を崩壊させないための最後の希望であった。ただの高校生であった少年少女は、これから大きな戦いの渦に巻き込まれていくことになる。

 だが、この戦いに勝てなければ、彼ら2人の命どころか世界に暮らすすべての生命が失われることになる。彼らの肩には、世界の命運が託されてしまったのだった!




 彼らが目を覚ましたときには、すでに閑静な夜の駅前ではなかった。

 彼らは、いたるところに鉄筋コンクリートの構造物が乱立し、換気扇の回っている裏路地に放り出されてしまった。

 2人はゆっくりと周りを警戒しながら裏路地を抜け出し、自分たちの持っているスマートフォンを開いて、地図のアプリケーションを見た。

 しかし、肝心の現在地は一切示されなかった。

 スマートフォンから目を離し、周りを見渡すと、そこには見慣れない地名が。

 神川。

 武京。

 神菊園。

 仲宿。

 どのようにして読むのかもわからず、ただひらがなも使われていることから自分たちが今居る場所が「日本」とそう変わらない国であることしかわからない。

 裏路地を抜けた先にあった通りを行き交う人たちが喋る言葉を理解する事は出来るが、彼らの話す内容は全て自分たちの知らない物ばかり。

 人は自分にとって理解できないものが目の前に出現すれば、どうしても拒絶に走ってしまう。

 彼らもまた同様に、思考が混乱し、考えるのをやめようとしていた。しかし、考えることをやめれば2人は死ぬかもしれない。彼らがいるのは現実ではなくなったのだ。

 だがそれをまだ16年しか生きていない少年少女に求めるのも無理があろう。薄汚い路地から抜け出したとしても、結局知らない土地であれば下手に行動することで迷子になる可能性がある。

 2人は、ただ立ち尽くすしか無かった…



 続く

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2025年1月7日 21:00
2025年1月10日 21:00
2025年1月14日 21:00

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