副作用
@syujokoti
本編
夏休み初日の午前二時、「飲むか・・・」大和田潤木は怪しげな薬を前にしてつぶやいた。その薬はタイに単身赴任している叔父から送られてきたもので、google 翻訳によると、「飲むと運動能力、記憶力、思考力が二倍、副・・・・・・猿・・・・・こともある」と書いてある。彼は同じことの繰り返しである毎日にうんざりし、新たな刺激を求めていた。そこに現れたのが、このいかにも毎日が楽しくなりそうな薬である。潤木は決意を決めて、黒光りする玉を水で流し込んだ。すると、突然眠気に襲われ、少しの不安と大きな希望を抱えて布団に入った。
翌朝、潤木は目を覚まし、時計を見ようと手を伸ばしたとき、目を疑った。おかしい。どう考えてもおかしい。こげ茶色でフサフサとした毛が生えていて、指は昨日見たときよりも長くなっている。恐る恐る体に目を移した。やっぱりだ。体もフサフサで、足も変わっている。やっとわかった、昨日のパッケージにあった「副」と「猿」という文字が。「冷静になれ冷静になれ冷静になれ」自分に言い聞かせた。まずは親に部屋から出てきた猿が自分であることを伝えなくては。幸い母は疑い深いタイプではないし、動物も嫌いな方ではない。早速階段を降りお弁当を詰めている母の背中に声を掛ける。「おはよう、母さん。聞いてほしいことがあるんだ。でもまだ振り向かないで。」「あらあらサプライズー?」「単刀直入にいうと、朝起きたら猿になっちゃったんだ。だから助けてほしい。」母は後ろを向き一度驚いた顔をしたがすぐにいつもの優しい顔に戻り「わかったわ。友達に連絡してみたり、お父さんの力を借りてみたら?」潤木には自慢の父がいた。名前は大和田健。生化学者で、世界初の業績に多々関わってきたような人だ。しかし、彼が住んでいるのは長野県、潤木が住んでいるのは神奈川県で、決して近くはない。そこで、長年の友人、大山啓太郎に手を借りることにした。電話で事情を話したところ、快く受け入れてくれた啓太郎を家に呼んだ。二人で話して作戦を考えているうちに母は買い物に出かけ、しばらくして荒々しくドアを叩く音が聞こえた。そして、片言の日本語で「サルハミナカッタカ」と繰り返し聞いてくる。無反応を貫いていたところ、とうとうドアが破られてしまい、大男がにじり寄ってきた。「アルジガサルヲオサガシダ。オマエハニゲラレナイ。アノクスリヲノンダモノハレーダー二ウツッテイル。」男がそう言って腰から鉈を抜いたとき、潤木と啓太郎は走り出した。風のような速さで啓太郎の家へと走り抜けた。中に入ってから啓太郎は言った。「本当に君のお父さんなら君を治せるのかい?」「分からないけど今頼れるのは父さんしかいないんだ。」「そうか。じゃあ行くしかないね。うちの親にも協力してもらうよ。」啓太郎の家はこのあたりの一番のお金持ちだ。お金持ちとはいってもお金だけではなく優しい心も持ち合わせている。快く協力すると言ってくれ、数日分の食料、水、から寝袋まで様々のものを用意してくれた。みんなで作戦会議した結果はこうだ。神奈川から長野までのおよそ二三〇キロ、できるだけ敵レーダーの反応の悪い森を抜けていく。これは無線会社に勤める啓太郎の父からの助言だ。電話を借りて潤木の母の安全を確認し、別れを告げたあと啓太郎の両親にも別れを告げ、家を出た。「森の中つったってどこ通んだ?」潤木は啓太郎に聞いた「まずここ厚木から大山を目指そう。あっちの方に行けば山岳地帯が続いてるから。」出発から三時間立った頃、彼らは大山を余裕で通り過ぎ、宮ヶ瀬湖周辺についていた。「そろそろ昼飯時だな」「そうだな」「一体オマエの親はどんな食料を持たせてくれたんだ?」啓太郎が使い込まれた黄土色のバックパックをゴソゴソと漁る。「これだよ。」彼が持つのは見たことのないパッケージのビスケット?だ。「これはうちのブランドで完全栄養食なんだ。味はピザ味から焼き魚味までコンプリート。」「さすが金持ち。売れてんのか?」「いや味が不味すぎてボツになったんだ。まあ環境への配慮ってやつかな。」飢えていた潤木はピザ味にかぶりついた。「おお!」感激の声を聞いて「意外と美味いの?」と啓太郎が期待をこめて聞いた。「猿でも不味い味が感じれて嬉しいんだ。」切れ味満点の回答に気の落ちた啓太郎はその後一時間近く「でも栄養あるし・・・」とつぶやいた。時刻は午後六時半。流石の夏でも日が落ちてきた頃だ。「つくまで風呂なしかよー。」息を切らした潤木がつぶやく。不敵な笑みを浮かべた啓太郎は無言でコンパクトな装置を繰り出した。そして流れるように装置を展開し、泥水にさす。「どうだ!」細かな穴からきれいな水が飛び出す。「シャワーだ!!」二人は大喜びで体を洗いあった。「見たか!我がキャンプ専門店の力を!」力強いその声は大岳山の雄大な麓に響き渡った。件の完全栄養食を食べて、疲れ切った彼らは泥のように眠った。
朝五時半、彼らの旅の二日目が始まった。準備を済ませた二人は必死に歩いた。進んで進んで進みまくった。その日の午後九時、長野県の端、国師岳の麓で夜を越した。
午前四時を過ぎたところだろうか。啓太郎は妙な違和感に気づき、目を覚ました。辺りを見回してみても、ぐっすり寝ている猿…ではなく潤木がいるだけだ。「ザアァ」怪しげな音がする。川のせせらぎか?いやここは山奥。川なんてないはずだ。だとしたらまた刺客?ここまで思考を巡らせたとき、潤木を起こして転がるのと、元いた場所にナイフがレーザーのようにとんでくるのが同時だった。寝ぼけ眼の潤木は事態を察し、猿らしく戦闘態勢に入った。相手は一昨日と打って変わって小柄で小ぶりな刀を2本持っている。一昨日のやつがパワー系だとしたら今日のはテクニカルなタイプだろう。そんなことを考えているうちにも奴は腰元のナイフを投げてくる。潤木は後先考えず飛びかかった。しかし、相手は相当な手練れらしく、掴もうとしても避けられる。啓太郎とアイコンタクトを取り、なんとか挟み撃ちの態勢を作り上げた。「せーの!」二人で声を合わせ潤木は飛びかかり、啓太郎は後ろからシャワーヘッドでぶん殴った。ものすごい音がして小柄な男は倒れた。図々しくも男の武器は全て剥ぎ取りバックパックに押し込んだ。「意外とこんなもんか」余裕ぶった潤木がニヤリと笑うと顔面蒼白の啓太郎は「強がんなよ、怖かっただろ。」と答えた。「それより、その傷大丈夫なのか?」潤木の胸元には大きな斬撃痕、右腕には数多の刺し傷がある。答える前に一匹の小柄な猿は倒れた。とりあえず倒れた男を古びた立派な木に縛り付け、潤木を連れて木陰へと急いだ。程なくして疲れ切った啓太郎は眠りに落ちた。「ねぇ」辺りが暗くなった頃甘い声が耳元で聞こえ、「そのお猿さんダイジョブそ?」と続いた。目を擦ってよく見るとこのあたりの山に住んでいる民族のようだ。草で編まれた服、首には動物の骨でできたネックレスをしている。男のようにも見えるし、女のようにも見えるが顔が半分隠れていてわからない。「聞こえないの?」この言葉ではっきり目覚めた啓太郎は「助けてくれ!」とキレよく頭を下げた。「わかってるよ」と優しい答えが帰ってきた。感謝の言葉を述べる前に「ついてきな!」と走り始めた救世主を猿を担いだ少年は懸命に追った。粗末な小屋に着くやいなや着くやいなや「風呂入って寝てろ!」という声が飛んできた。ヘトヘトの啓太郎は言葉に従いさっさと床に就いた。
家を出て四日目、潤木は記憶上猿になって初めて屋根の下で目を覚ました。上から覗き込む少女を認識した瞬間「誰だ!」と叫び飛び上がろうとした体はいうことを聞かなかった。敵意のある目ではない人物を見て素直に今何が起きているのかを全て話した。最後まで静かに話を聞いて「わかってるよ。お父さんを探しに来たんだろ?」と返され、潤木は訝しげに思いながらも「そうだ。助けてくれてありがとう」といった。ゆっくりと起き上がり、体を見回すとあったはずの傷はなくなっていた。啓太郎が起きてからまた三人で打ち合わせし、今いる場所から西に三百メートルでお目当ての場所に着くということが分かり、早速出発した。出発し、二百メートルを過ぎた頃、見慣れた2つの顔が森の中に現れた。一方は鉈をもち、もう一方は二本の刀を持っている。今度の片言の日本語は何を言っているのか分からないが、怒気は色がついて見えるほど溢れ出していた。「あいつらだ!あいつらが俺らを追ってきてるんだ!」と2人で声を合わせて槍を取り出して微笑んでいる少女に言った。少女は微笑みを浮かべてこちらを向いたまま駆け出し、ものの三秒でなぎ倒した。息すら上がっておらず、冷徹な目をしたその姿はまるで戦闘民族のようだ。そして遂に、4日間の旅の目的地へと着いた。錆びれた扉を開き、中へ入っていくと、そこには机で話し合う叔父と父の姿があった。二人は小柄な猿を見て目を見合わせすぐに必要な処置をしてくれた。あっという間に人間に戻った潤木に叔父は言った。「お前に薬を送ったのも、得体の知らないやつを送り込んだのも儂だ。お前にここまでの冒険をさせようと父さんと組んでいたんだ。送り込んだやつらは研究所近くの安い傭兵たちでどうも護衛の意図が伝わらず、『猿を殺せ』というふうになってしまったみたいだ。そこで送り込んだのが彼女というわけさ。彼女は安物野郎とは違い本物の傭兵だ。」彼女をよく見ると服にはいくつもの傷があり、槍も生半可な使い込みでは出せない年季が入っている。潤木は人間に戻ったことの安堵などではなく、冒険を終えられたという達成感に包まれた。そして欠けてはならなかった二人へ感謝の五文字を伝えた。啓太郎は笑顔で「こちらこそ」と返し、もう一人は手を振って立ち去った。
文字数:3995文字
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