龍殺しのブラックヒストリア~世界を救った俺の英雄譚がどこからどう見ても黒歴史な件について~
鬼怒藍落
第1話:思い……だした
かつて世界は、百年あまりも黒龍に支配されていた。
その力は強大で誰も彼もが敵わず、龍による支配は続き数多くの犠牲者がいた。
何度も英雄と呼ばれる者が現れたがその度に滅ぼされ誰もかれもが疲弊し、それでもなおも覇を唱える地獄がどこまでも続くと思われた──そんな時だった。
五つの種族の仲間を従えた一人の青年が現れたのだ。
突如現れたその者達は十年間で龍の勢力に叛逆し、多くの魔物を倒して村を救い、龍の配下を倒して街を救い、魔族を束ねた魔王を倒して国を救い、そして最後には黒龍を倒して世界を救った。
それがこの世界に伝わる一番有名な英雄譚、黒龍討伐のあらましだ。
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王都の中央には、三百年前に世界を救った龍殺しの英雄アルスの像が建っている。
今日も今日とて兵士の仕事の見回りがてらになんでかムカつくその像を綺麗した俺はそのまま借家に帰宅し――なんか凄い高熱に三日うなされて起きたら自分の前世がその英雄だったことを思い出した。そして知ってしまったのだ語られることのない英雄の最期を。
「えぇ、なんで今頃思い出すんだよ」
この世界でアルマ・シグルスとして生きて十八年での切実なその言葉。
やっと体調が戻り最初に絞り出した言葉がそれだったんだが……割とマジで意味が分からない。
湧いてくるのは困惑と怒りの感情。未だ混濁する記憶に頭を痛めながらも俺はなんとか家を出て、改めてアルスの像を見る。
「ふざけてんのかマジで」
今までもこの像を見る度なんか変な感情に襲われていた……というかムカついていたのだが今この像を見た時に浮かぶ感情は完全に怒りしかない。
何でかと聞かれればこの建っている像のアルスは前世の俺に比べて三割くらい増してイケメンだったから。
なんだこれ、嫌がらせか? 実際の俺はモブ顔だったから変えたってか? マジで誰だよ作った奴、絶対文句言ってやる。
今までもムカついていたのだが、なんでか汚れているのが嫌で綺麗にはしていたこの像。だけど今の俺からすると何よりも破壊したい一品だった。
「……はぁ帰るか」
破壊したい欲求に襲われながらも、今の俺はそんな道具持ってないので今度落書きでもしようと決意しながらも家に帰ることにした。
「俺こんなこと言ってねぇよ……」
そしてそれから二時間後、借家の本棚にあった本を読み終わり凄い情けない声でそう言う。なんでそんな事になってるかって? そんなの簡単だ。
俺が今読んでいたのは英雄アルスの物語。かつて世界を支配し破滅寸前まで追い込んだ黒龍討伐の英雄譚だ。
昔から親がアルスのファンで一人暮らしする際に十種類以上のアルスの本を譲って貰ったんだが改めて読んでみるとあまりにも脚色されたモノで何より当人からすると本当につらい物しかなかった。
「特にこの一冊だよ。なんだよこれ王都の恋愛小説みたいな話なんだが? しかもさ……これが原本ってマジ?」
最後に読んだアルスの本は一度兵士の後輩の薦められて読んだ恋愛小説みたいな内容に近く、その本の俺がめっちゃキザな台詞を仲間に吐いていた。
それだけでも嫌なのにさらに何が酷いかって一般的に普及してる……というか一番事実に近いアルスの英雄譚がこれなのが尚更酷い。
他のは結構脚色されたのが多かったし、記憶にない戦いが結構追加されてたし。
「著者誰だよ……えっと流石に書いてあるよな?」
本である以上奥付はあるだろうし、その部分を見て誰が書いたのかを確認することにし――そして俺は後悔した。
著者の名前はライラ・ベネディクトゥスというエルフの女性。
その正体はアルスの次に有名であろうまだ生きている英雄譚の魔法使い……というか俺のかつての仲間の一人であった。
「…………見なかったことにしよう」
これは多分だけど、見てはいけない類いのモノだったんだろう。
きっと本人もそれは望んでない。というかあいつの性格的に俺に見られたと分かったら多分発狂してから泣いて引き籠もる。
発行年数的に俺が死んでから出したんだろうが、転生するなんて思わないよな……うん本当にごめん。
「というかさ、記憶戻ってどうしろと?」
至極単純な疑問、今の俺は国に仕える一般兵士なのだ。
試してないがなんとなくの感覚で自分が力を取り戻してしまったことを理解している。今の平和な時代では争いはありはすれただの魔物相手にこの力は過剰すぎるし……何より俺は今の兵士生活に満足している。
つまり何が言いたいかってこの力はいらないのだ。
今までの俺の目標は順風満帆な平和な人生。
そんな目標を立てていた俺からすればこの記憶と力はいらない物であり、圧倒的な厄ネタだった。
「というかやべぇ! 今何時だ!?」
どうしようかと悩んでいたが、俺は熱を出したせいで三日無断で休んでいるのだ。
結構緩い職場だが、流石に三日間も連絡無しは普通に不味い。
連絡しなかった俺が悪いが、最悪減給されるし――何よりこのままだと何言われるか分からない。
出勤時間はとうに過ぎており、急がなければ待ってるのは地獄。
それを理解した俺はすぐに鎧を着てから大剣を背負い、駆け足で王城に向かうことにした。
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