旧式基盤強盗事件
第1話
うぇーぐっろー。
逆行、つまり過去に戻る時、景色は全てが逆になる。
人間の体が服を雑に脱いだみたいに裏表がひっくり返ってて、それをネガフィルムで撮って、早送り逆再生で観てるみたいな感じ。
『分かったから。マイクに吐き真似を乗せないでくれ』
アニマの小言に俺は気だるく返事をし、吐き真似をもう一度。
『カラ!!』
そんなことをしていると、今回の依頼の時間にたどり着いた。
逆行前から思っていたことだが、ここは俺たちのうちである『クローン場』よりは少し綺麗だ。違法バラックで道がふさがれていることもない。動物の腐敗臭は漂っているが、それはこの世界のどこでも同じさ。高層階級のやつら以外はみんなこの空気を仲良く吸ってんだ。
「それでアニマ、どうしたらいい?」
『全く、君はいい加減依頼書を読んだらどうなんだ』
あんな長い、注意書きばっかりの依頼書なんて読むかよ。そう思いつつ俺は、ヘッドフォンをの位置を直す。
『今回の依頼は旧式基盤強盗の逮捕だ』
旧式基盤。基盤を作る技術はとっくの昔に失われていて、俺らはそれを直す技術ばかりを進化させてきた。だから基盤は高額で取引されているわけだ。大昔の宝石みたいなものだな。
そして道の向かいにはその基盤を売る、基盤店が建っている。これも逆行前と同じ。ただ一つ違うのは、ガラスは割れてないし、店内も荒らされてないってこと。
俺は店内を観察した。
「報酬はその基盤?」
『カラ、ふざけるな。そしたら俺たちが強盗になるだろ』
「時間強盗犯はタイム何って言うんだろな」
『カラ!!』
管理社会の崩壊後の世代。
俺たちのじいさん世代は、綺麗で完璧な世界で暮らしていたらしい。
うぇーぐっろー。
俺たちはよく哀れまれるが、そんな潔癖こっちから願い下げさ。
警察は一応あるが、志の高いやつらは音を上げちまうような事件で、この町は溢れてる。
その中でも、これは重大だと判断された事件が起きた時、警察はクローン場の奥の奥にある扉を叩く。
アニマが作った時間逆行理論と、それに耐えられる俺に助けを求めて。
『…無駄話してないで早く基盤店に入れ』
「無駄話じゃない。お前時間間違えてるだろ。強盗が入ったのは昨日の22:37だ。なのに今は22:00ちょうどじゃねぇか。早すぎる」
俺はヘッドフォンの右側面についているタッチパネルを操作し、店の中にある時計にズームした。アニマに見せつけるように。
「仕事は効率的に片づけてこうぜ」
『…。カラはどこまでが俺たちの仕事だと思う?』
「あ?お前こそ依頼書読んでねぇのかよ。強盗犯の逮捕だろ?」
『この事件は人が三人亡くなっているんだ!!
強盗を、未然に防げたら、その三人は今日も笑って生きられるだろ?』
「…まぁそうかもしんねぇな」
『俺はずっと思ってたんだよ。そもそも逮捕する人なんて作らない方が、よっぽどいいじゃないかって』
それはそうだ、だけど大人の事情ってものがある。
警察官は犯人を逮捕するのが仕事だ。それで報酬をもらっている。
この町のように厄介な事件が起こりすぎちゃ困るかもしれないが、事件が起こらないってのも彼らからすれば大問題なんだ。
俺たちが解決して、手柄は全部あいつらのもの。
その代わりに俺たちは報酬をもらう。
依頼が来なくなったら、報酬はなくなる。
「それはダメだ」
『…じゃあ俺はやめる。もう警察に協力しない』
「おいっ!?」
『ずっと考えて決めたことだ。変えない。逆行する前にやってた仕事をやればいいじゃないか』
「報酬が十分の一になるだろ!!」
『生きていくには十分だ』
「十分じゃねぇよ!!」
長年付き合ってきたから分かることだが、こうなったアニマは本当に意思を変えない。
「分かった。今から基盤店に入る。それで、強盗を未然に防ぐ。それでいいか?」
とりあえず、今回は調子を合わせる。警察官は俺らが時間を逆行していることは知っているが、一周目と二周目で何が変わったのかは、逆行している俺と、理論を理解しているアニマしか認知できない。事件が起きなければ報酬を出すのは意味が分からないとなりそうだが、何とか説得する方法を考える。
そう、俺たちと警察官は信用だけで成り立っている関係だ。犯人を何度も殴ってきたから、その場で引き渡してきたからこその信用。
もし嘘だと思われたら、というか噓だけで稼げたらこれほど楽なことはないが、そこまで警察官も馬鹿じゃないだろう。今回だけはいい感じの事件をでっちあげて、あまり調子に乗らないようにしなければ。
『ありがとうカラ』
アニマは笑った。耳がくすぐったくなって、思わずヘッドフォンを外した。
まるで隣にいるみたいだった。
本当は、色んな管に繋がれて、ベッドに横たわってるのに。
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