第2話『マウンティングマウンテン』

-前回のあらすじ-

 私は駆け出しアイドルのうらら。芸能活動も軌道に乗り始めたので、事務所の社長に『アイドル保険』なるものに、強制的に加入させられた。それ自体は問題ではない。が。


 その保険でSPが付くことになり、非の打ち所の無いイケメン、リョウマが現れた。だがこの男、超絶ドSの超俺様体質。この瞬間から、マウントの奪い合いの戦争が始まった。


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇   


「えーーーーっとぉ………………」


 私、うららはあり得ない現実に耄碌しながら、自宅のマンションに帰ってきた。…まあ、駆け出しアイドルだからね。そんなに高い家賃は払えないので。まあねぇ…。節制してますよ。


「あーーーーー…まあ、何というか……………」


 そう、自宅に帰って来ただけだよ。自宅に帰って来ただけなんだよ。…おかしいなぁ~。本当におかしいなぁ~。いつもならこんなはずじゃないのに。これは…間違いじゃないかしら…。


「あのー…何でいるんですか?リョウマさん?」

「それはそこに、あなたのマンションがあるからです」

「ジョージ・マロリーかよ」


 先ほど事務所で契約させられた『アイドル保険』彼…リョウマは、あろうことか私の自宅に着いて来ていた。この男、まさか…。いやいやいやいや。…初対面ぞ?


「…………………」

「…………………」

「………………ええ~?」


 予想通り、私の部屋の玄関の前に私とリョウマが立っている。…まさか、中にまで入って…。あ、やべ。中は…。


「あのですね!!ちょっと待っててもらえますか…?ん」


 がちゃ。


「えええ!?な、何で合鍵持ってんすか!?いくら何でも!!」

「それは、ここにあなたの部屋の扉があるからです…」

「いや、そのくだりはもういいんだよ!!」


 この男!!乙女の部屋にずけずけと入ってきやがった!!やばいやばいやばいやばい!!中は…。


「あー…最悪だ…これを最悪と言わずして何としょう」

「おーおー…汚ねぇ部屋だな。服は出しっぱなし。食器もシンクに溜まってる。掃除も行き届いてねぇな。ひでぇもんだぜ」


 リョウマは軽蔑の目でこちらを見ている。わ…私だって、好きで散らかしてるわけじゃないわよ!!やろうとは思ってたわよ、明日から!!明日から本気出すとこだったんだから!!


「しょうがないでしょ!!お仕事、忙しいんだから!!」

「今、世の社会人を敵に回したな。皆、忙しいは言い訳にはならねえんだよ。ふー…仕方ねぇ。やるか」

「はえ?」

「腑抜けた返事すんな」


 リョウマはずかずかと部屋に入り、落ちている服を掴み、洗濯籠に入れ始めた。…え?…え?これってもしかして…。


「もしかして、片づけてくれるんですか!?」


 な…なによぉ~!!本当はいいとこあるじゃないの!!あの性格も照れ隠しの成れの果てだったのね。流石はSランクのSP…。


「馬鹿野郎。お前もやるんだよ」

「…ですよねー…」


 洗濯機はフル活動。こうして整理すると、着ない服も結構あるなぁ。リョウマはほうきで掃いた後、掃除機をかけ、フローリングにワックスまでかけている。…どっから持ってきたんだ。


「手馴れてるのね。これで性格良ければ完璧なのに…」

「……………………………」

「あたたたたったたたた!!あふ…」


 リョウマは無言で、私の手を掴むと表現出来ない方向にひねった。今回、初めて意識が飛んだ。過密なスケジュールなので、疲れも出たのかも。このまま夢の世界に逃げてしまいたい。


「…んん…あれ…?」


 目が覚めると綺麗になった私の部屋が待っていた。種類別に整頓された衣類。綺麗に洗われた食器。突っ張り棒で収納も完璧。まるでお母さんでもやって来たようだ。


「あ…ありがとうございます。」

「ありがとうございます、リョウマ様。だろうが」

「言葉の無駄遣い!!調子に乗らないでよ!?もう暴力には屈しないんだから…。あ、痛い痛い痛い!!ごめんなさいごめんなさい!!」


 無駄に疲れた…。あー…何だかお腹空いたな。


「あのー…そろそろご飯時なんで、何か取ります?」

「ふー…やはり芸能人だな。悲しいったらありゃしない」

「はぁ?じゃあ、何、食べるんですか?自慢じゃないですが、冷蔵庫は空ですよ?買い物行く暇が無いから」


 芸能人かぁ…。我ながら、認識してなかったな。だがリョウマは、ため息をついてお台所に向かう。エプロンを付け、またもやどこから出したのか、黒いケースから包丁を取り出す。


「ひっ!!つ…ついに刃物を…!!くっ!!正体を現したわね!!」

「お前、俺を何だと思ってる」

「超絶鬼畜の史上最低の残念イケメン」


 ん?エプロン?まさかとは…思うけど…。


「まさか…料理するの?あなたが!?…あなたが!?」

「なぜ二回言う」

「…似合わねー」


 ぴんぽーん。…インターホンが鳴る。


「え?」

「お、来たか。流石、時間には正確だな」

「来た?え、誰?」


 私とリョウマは玄関に向かう。そこには長身でストレートの黒い長髪が綺麗な美人さんが立っていた。…誰?と確認する前に、リョウマが彼女を部屋の中に入れる。


「やってる?リョウマ。買って来たわよ」

「済まないな、カズエ。いつもありがとう」

「ななな…何何何?」


 この女性、後で知ったが、リョウマと同じ保険会社のSランクSPのカズエさんだった。だがこの時はそれ以上に…。


(何?何でこの人には普通に接してるの?)

「じゃあ作るか」

「私も手伝うわ」


 こうして、先ほどまで面積が無かったテーブルに、炊き立ての白いご飯と、豆腐とネギのお味噌汁。丁寧に焼かれた塩鮭。そして急須で入れたほうじ茶まで!!


「はー…」

「それでは…いただきます」

「いただきます」


 リョウマとカズエさんは手を合わせ、食べ始めた。…毒ではないようだ。私もお米を口に運ぼうとすると、


「あだっ!?」

「ちゃんと手を合わせ、いただきますを言わないか」

「ちゃんと食材に敬意を込めて」


 …デコピンには何も無しかい!!…んむっ!?


「悔しいけど、美味しい!!家庭料理なんて何年ぶりだろう…」

「この業界はロケ弁とかケータリングが多いからな」

「そうよ?たまにはこういう暖かい料理も。ね?」


 あー美味しかったけど…それ以上に疲れた。今日はもう寝よう。…ん?まさか、この男…よ、夜もずっと!?


「じゃあ、俺は帰る。そのためにカズエを呼んだ。頼んだぞ」

「ええ、任せて。少しでもあなたの力になれれば本望よ」


 …コイツ…。他の人には優しいのか?絶対…絶対、認めない!!明日は私の「得意」分野で屈服させてやるんだから!!

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