一途な男子は今日も君想ふ

東雲朱音

第0話 エピローグ こくはく

人生最大級にドキドキした経験は何だろうか……

入学式、発表会、運動会、クラス替え、受験…… 経験は日々更新されていく。


しかし僕は思う。告白という経験がおそらく前にも後にも一番ドキドキしただろうと。


静まり返る空間、自分と相手だけが別の世界に移動したような感覚、時が異常にゆっくりと過ぎ去っていく。

自分の頭の中では何を言うか何回もシミュレーションしたし、良かった場合、悪かった場合の返事の仕方も何度も何度も考えた。


だが問題なのは、今日この場で告白するつもりはなかったことだ。

経験すればわかるであろう。告白のタイミングは不意に訪れる。偶然か必然か、まるで神様からのお告げのように頭の中で声が聞こえる。


「今だ。今言うしかないんだ」


いくらシミュレーションしたとはいえ、言葉はそう易々とは口から出てきてくれない。


自分でもわかっていた。たった一言、「好きです。付き合ってください」と言うだけだと。


しかし3年間の片想いの代償はあまりにも大きかった。言葉だけでは済ますことのできないというこの感覚、もはや引き返せないこの気持ち。今さら他の人を好きになんてなれるはずもなく、だからと言って簡単に告白もできない。


もし振られたら…… もし嫌われたら……

なんて悪い想像はいくらでも浮かんでしまう。


「告白しないで後悔よりも告白して後悔のほうが絶対いい」


こんな回答が某知恵袋ではあふれかえっているが、本当にそうなのだろうか。


告白しないまま友達でいるという選択肢が必ずしも悪いわけではない。むしろそっちの方が幸せな場合もあるのではないのだろうか。


なんて小説の冒頭のようなことを考えながら、僕は朝、学校への支度をしていた。


しかしまあ、なんというか、今こんなことを考えても仕方ない。もう告白してしまったのだから。


◇◆◇◆◇


あの日、僕は告白した。いや、告白と言ったほうがいいかもしれない。もちろん嫌々したわけでもない。

ここ数か月で二学期の始まり、文化祭、体育祭といった行事ごとが瞬く間にすぎていった。もちろん何もなく行事は終わり、高校三年生である僕はそろそろ受験に本格的に向き合わなければいけない。そんな焦りもあったのかもしれない。


とにもかくにも、もはや気持ちを抑えるのが限界だったのだろう。


僕と彼女は塾が同じだった。高校でもクラスは同じだったが所属しているグループは全然違うかったし、お互いに話すこともなかった。

始めの印象はむしろ僕の苦手な感じだったし、特別興味を持つこともなかった。


そんな中、唯一の接点が塾だった。休憩時間に話したり、同じ時間に終われば一緒に帰ったりした。それが僕にとって本当にうれしいことになっていった。


でもここ数か月、避けられているような気がしてならなかった。何回か2人で遊びに行ったこともあるのだが、ここ最近は用事があるとかで誘っても来てくれなくなった。一緒に帰ることもめっきりなかった。


なんとなくわかっていた。多分好きバレしているのだろうと。

自覚はあった。抑えられない気持ちが表面に出てしまっている時がたまにある。

そして、彼女はそれに困っている……


幾度となく諦めようとした。

けど今回に限ってはもうそれができない段階まできてしまっている。


あの日は偶然にも一緒に帰ることになった。おそらく何か月かぶりだった。塾から彼女の家まではおよそ10分。

いまだかつてこんなにも恐ろしい10分を体験したことはなかった。

学校の話だとか受験の話だとか当たり障りのない会話をしていたが、僕の頭の中は今告白するべきかどうかでいっぱいだった。


あっという間に彼女の家の前まで来てしまった。

いつも通り「じゃ、またね」という言葉とともに彼女は手を振り、家の中に入ろうとする。


「ちょっと待って…!」


気づいたら口から言葉が出ていた。


彼女はその言葉で振り返る。

一瞬の沈黙とともに僕はさらに言葉を続ける。


「あ、あのさ……」


やはりこの先の言葉がなかなか出てこない。

そんななか、彼女はまっすぐと僕を見つめる。

夜10時半ごろ、空は曇りなく月が輝いていて彼女の顔がよく見える。


ああ、好きだなあ……


そんな心の声と同時にようやく口が動いた。


「結城のことが…… その…… す、好きなんだけど……」


いまだ名字でしか呼ぶことのできない情けなさ。そして漫画のようなカッコいいセリフは一切でてこなかった。

ただひたすらに想い続けてきた気持ちが一言、「好き」という言葉にすべて乗っかっていった。


続けて僕は言った。


「も、もしよければ…… 僕と付き合ってほしいです」


これ以上の言葉は出なかった。

心臓の音が外に聞こえるかのようにドクドクと鳴っていた。

顔は火が噴き出るかのように熱かったし、手足の感覚もほとんどなかった。


しばらくして、彼女からの返事はこうだった。


「少し考えさせてほしいです……」


◇◆◇


彼女の家からの帰り道、いまだに心臓は鳴りやまなかった。


人生で告白をしたこともされたこともない僕からして、あの返事を前向きにとらえるのか諦めるべきなのか全くもってわからなかった。


あれは断り文句なのだろうか、それともまだチャンスはあるのだろうか、それとも……


いくらでも考えは浮かんできて、もう僕にはどうすればいいかわからなかった。

家に帰った後、その日は考えすぎて疲れて寝てしまった。


そしてあれから1週間、何の音沙汰もないままだった。


塾でも学校でも顔は見るが、一切話すことはなかった。

毎朝起きてはスマホを確認していたし、チラチラ彼女のほうを横目で見てはドキドキしていた。


なるほど、無視という選択肢もあるのではないのか?


1週間が経った時、そんな考えが頭の中をよぎった。もちろんそんなことをするような人ではないとわかっていた。僕が好きになった彼女はもっと誠実な人だと。


それに、もはやこのままでもいいのではないかとも思っていた。気持ちは伝えたし、まだ断られたわけでもない。

このどっちつかずの状態は、これ以上良くなることも悪くなることもない停滞だ。


いっそ振られるくらいなら……


このまま放っておいてくれたほうがいいのかもしれない。


こんなことを考えていて、勉強がまったく捗らない状態だった。

いまやこの告白は受験と同じくらい僕にとって重要なものになっていた。


「ピコン!!」


悶々としていると、突如携帯に通知が来た。


「明日の朝、会えますか?」


送り主を見ると、猫のアイコンが映っている。(結城茜)彼女だった。


僕は震える手でメッセージ画面を開いた。前回のメッセージ履歴は3か月前、久しぶりの会話だ。


「もちろんです。朝8時くらいに学校の前でどうですか?」


いつもは普通に話せてるくせになぜか敬語になってしまう。緊張しているのだろうか?

なんなら今すぐにでも返事を聞いてしまいたい。もう我慢の限界がきている。

でももちろんそんなことは言えるはずもない。


「それでお願いします」


僕はまだ震えている手でメッセージを送った。


◇◆◇◆◇


僕は今日もいつも通り家を出た。いつもと違うのは心臓がずっと鳴りやまないこと。

普段は寝坊して遅刻するくせに、今日はすんなり起きれた。目が覚めてからは彼女のことが気になって仕方がない。


7時55分。もう少しで彼女がやってくるはずだ。


彼女は僕になんて言ってくるのだろうか。

この1週間で気持ちが少し整理できた。もし付き合えたらどんなことをしようか。なんて妄想をしたりもした。


ふと来た道を見ると、彼女が歩いてくる。

今日も朝日に照らされる彼女の顔は、今何よりも美しく僕の目に映った。


多分僕は振られても彼女のことを想い続けるんだろう。


だって君が大好きだから……







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