第27話 叡智の扉は固く閉じている
それからヴィンセントは仕方ないと言わんばかりの表情で扉を開ける。そこに立っていたのはやはりローレンスとトレサだった。
「わざわざ来るくらいだ、まともな作戦だろうな」
「まともとは言い難いですね」
ローレンスは入ってくるなりそう答え、部屋を見回した。
「マデリーン、様はいないのですか?」
かろうじて様付けして呼んだのは、トレサが睨んだからだ。
ヴィンセントがちらりとマドカを見た。
「別に悪さをしているわけじゃない、居場所は知っている」
「そうですか、仲がよろしい様子だったので、協力頂けると思ったのですが」
この部屋に朝までいたことも言っているのだろう。それにヴィンセントがマデリーンの部屋にいると読んできたくらいなので、彼女を作戦の頭数にいれてきたのか。
「マデリーンの協力?」
「そうです、彼女有りきで立てた策です」
もうその時点で碌な作戦じゃなさそうだとマドカは薄ら思う。
ヴィンセントは悩んでいるようだったが、マドカとしてはもう構わない。いい案は浮かばないし、ヴィンセントがそうしようというのならいい。
ヴィンセントはマドカのほうへ振り返ると、ローレンスをわざとらしく指し示す。
「こいつは俺の腹心でちょっと頭がおかしい、大丈夫だ」
「ヴィンスよりは相当まともだという自覚があるのですが」
ため息混じりにローレンスが返す。なんだかそんな会話さえも楽しそうに見えるから、マドカはくすくすと笑いながら頷く。
「はい、わかりました、支度します」
長椅子から勢いよく立ち上がり、支度をしに向かう。トレサが心配そうに見たが、手伝ってくれる気はあるらしく、黙ってついてくる。
「マドカ、どのくらいかかる」
「急いでやりますけど、少し時間がかかります」
「わかった、始めてくれ」
マドカはトレサを連れて化粧部屋に向かう。
「おいヴィンス、話がまったく見えないが」
「マデリーンは協力する、話を進めるぞ」
声は聞こえるが少し遠い。そこでマドカは持てるだけの化粧道具を持った。トレサにも同じように必要な物を持ってもらい、長椅子の前に戻るとそこの机に並べていく。スツールを引き寄せてそこに座ると、トレサが持ってきてくれた鏡も置く。
じっとこちらを見るローレンスより先に、ヴィンセントが戸惑った表情を浮かべた。
「おい、ここでやるつもりか?」
「時間がないのでしょう、聞いていてあげるからさっさとしなさい」
威圧も感じさせるような声音は、マデリーンのものだ。
わざと言い放った後で、ローレンスに向かってにっこりと笑って見せる。そこまですれば、当然ローレンスの表情も変わった。
「まさか身代わりか?」
「いいや本人だ」
いつも冷静そうなローレンスの表情が、驚愕に変わっていくからだろう。ヴィンセントも笑顔を浮かべてローレンスを見る。まるで悪戯を仕掛けた少年のようだ。
「ちょっと待ってくれヴィンス、さすがにこれは予想していない」
「俺だって信じがたかったが、まあそういうことだ」
ローレンスはこめかみに指を当てていたが、マドカは構わず化粧を始めた。丁寧にやっている時間はないが、手を抜くわけにもいかない。
「おかしいと思ったんですが、道理で納得がいきました」
「なんと言おうと、曲げるつもりはないぞ」
時間がないというのに、なんの話をしているのか。その話題に関しては照れもあって、マドカは化粧下地を塗りながらヴィンセントにちらりと視線を向ける。
睨んだつもりはなかったが、そういうことになったのだろう。ようやく本題へと話が戻る。
「それでローレンス、どこまで把握している」
「なにか知っているらしいディアンを問い詰めましたが、口を割りませんでした」
荒事はしていませんから。
ローレンスがそこはしっかりと付け加えた。
「ただ、陛下に話した以上のことは知らないそうです」
「そうか」
ヴィンセントも鍵の力の話をローレンスに詳しく話すつもりはないらしい。ローレンスに向けた、なんとなく察しろという空気が流れている。
「それから、グラントですが、賛同者はいなく単独での行動のようですね」
「つまり、鍵についてはそこまで広まってはいないな」
「ディアンによると、三回目の時に居合わせたのが、ディアンとグラントだそうです。いったいなんのことですか?」
念のためという様子で、ローレンスが言葉を付け加えた。
ヴィンセントはすぐに答える。
「それに関しては触れるつもりはない」
そこで会話は途切れ、ローレンスもそれ以上は追求しない。ローレンスにも話さないくらい重要なこと、というのは伝わったのだろう。
「お嬢様、それはなんでしょうか?」
若干空気を変えるような、呑気ささえ漂う声でトレサがマドカに訊ねた。
声が聞こえたのか、ヴィンセントとローレンスの視線もマドカへと向く。
答えている暇はなかったが、言わないとまた怪しまれると思ったので分かりやすく説明する。
「つけまつ毛よ、これを専用の薬剤で貼り付けるの」
「それを目に貼るんですか!」
慣れているとはいえちょっと集中させてほしいとは思ったが、興味津々なトレサがマドカの手と目元を覗き込んでくる。
ヴィンセントとローレンスも呆けたような声を出した。
「なんというか下手な魔術師より凄いな」
「なるほど、それで魔術院に色々開発させていたわけですか」
まつ毛を両目共に付けて整える。目元の化粧が出来上がるともう顔立ちはだいたいマデリーンだ。あとはマデリーンのほうが少し顔色が悪いから、そっちに寄せていけばいい。
そこまで整えると、マドカにも答える余裕が少しだけできた。
「元々はお母さんが持ち込んだものを、魔術院が研究してくれています」
「異なる世界からもたらされた、叡智の知識か」
ヴィンセントが呟く。
話さないほうがいいとは思っているが、魔術院を調べればわかることなので正直に話す。
「お母さんはもっと色々使っていました、瞳の色を変える硝子とか」
「瞳の色を変える、硝子?」
「うん、色を付けたとても薄い硝子を瞳に付けるの、そうすることで外から見たらその硝子の色に瞳が変わるわ」
ヴィンセントはどこか胡散臭いものを見るような目つきになっている。
「硝子を付けたらうまく見えないだろう」
「見えるように作ってあるのよ、きっと」
魔術院でも研究はしていたようだが、薄い硝子が作り出せない上に、実物が残っていないので研究は未完のまま終わってしまった。
「そんなもののために俺やマドカ、王宮の水源まで狙われているのか」
「たぶん、そういう道具や知識が沢山あるんだと思います」
「多くあるならば、扱いようによっては富や権力に繋がるものもあるでしょう」
別にグラントがまつ毛を付けたいとか、瞳の色を変えたいなどとは思わないだろう。しかしそれに魅力を感じるものはいる。
「魔術院には、その辺りの口止め料も払っています。でも彼らは研究がしたいって人たちなので、あまり話が外に持ち出されないんです」
「なるほどな」
髪を解くと、すかさずトレサが綺麗に梳いてくれる。先に髪を任せるんだったと思いながら、マドカは濃い色の口紅を引いていく。
なにか言いたそうなヴィンセントの視線は無視した。
「水場にはアランを置いてあります、ですが時間はないですね」
確かに急いで支度はしたが、かなり時間が経っているし、その前から長く話もしていた。
「対策を講じていると思っているだろうからな、余程の策じゃないと隙はない」
マドカもそろそろ出来上がりだが、肝心の策に関しての話をまだしていない。
どうなっているのかとばかりにローレンスに視線が集中する。
「ええ、ですからマデリーン様には陛下を裏切ってもらいます」
そう言ってローレンスは自信ありげに笑った。
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