-死神-
ClowN
1話
「別に、あんたが死のうとしたって止める気なんて一切ねえよ」
無精ひげを生やし、鋭い猫のような眼光をしている男はそう言った。
しばらくすると、尻ポケットから煙草を取り出しこちらの事など気にせずに吸い始める。
「どうせてめえ一人が身を投げ打ったところで世界は変わらねえし」
虚空を見上げる男は、一切こちらを向いてこない。だがしかしその声色は十分に冷ややかだ。
「そもそもこの腐った世界で生きている事に何か価値があるとでも思ってんのか? 無駄、無意味。んなもんは捨てちまえ」
「……すみません」
僕は俯いて、そう答えるしかなかった。
「いや別に謝ってほしいわけじゃなくてな……ったくめんどくせえガキだなお前は。まあ俺にもそんな時期があったかねえ……なんか昔の事を思い出すぜ」
男はぼさぼさの髪を掻きむしると、めんどくさそうに話し始める。
「おいあんた、名前は。」
「あ…えっと…僕は、木橋渡って言います。」
「渡ね…人生も綱渡り、ってか」
ししっ、と歯をむき出して男は薄気味悪く笑う。
「なぁ、もしもだけどよ」
「…な…何ですか?」
「俺がもし、殺し屋…っつったら、あんたどうする?」
「え……?」
冗談で言っているのかと思いきや、男は吸い終わった煙草を地面に落とし、靴で火種を踏み消した。
「俺はこの腐りきったゴミみてえな世界をぶっ壊したくてしょうがねぇ。」
懐から取り出されたのは真っ黒な拳銃だった。銃口からは火薬の匂いが漂う。
僕は呆然としながらそれを凝視する事しかできない。
「あの……冗談ですよね? そんな物持ってたら捕まっちゃいますって」
「悪いが冗談じゃない。俺は、9月1日にここに足を踏み入れる奴を毎回殺してる」
寂れたビルの屋上で、男は物憂げに笑う。
僕は上手く声が出ず下を向いた。
「人はすぐ”星”になりたがるよな。まだ就職先さえ見つかってねえガキの癖に」
「あの……警察を呼びますよ?」
「いいさ、好きにしろ」
男はまた煙草をポケットから取り出し火をつけた。
「どうしてそんな事を……」
「じゃあ聞くがな。お前、ちっとはこの世界で生きてる意味ってもんを考えたりしたか? 」
「それは…その」
男は拳銃を懐にしまいながら話を続ける。
「死にてえ奴を逝かせてやる。それが俺が生きる唯一の意味」
「そんなっ…」
「その覚悟があって、ここに来たんじゃねぇのかよ」
男はまた煙草に火をつけた。
僕はもう何も言えず、ただ立ち尽くしているだけだった。
「じゃあな、渡」
男は拳銃を取り出し僕の額に突きつけた。
頭の中で警鐘が鳴り響く。今ここで、撃たれてしまえば終わりだ。
でも、頭の中にはクラスメイトや友人と過ごした思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
何かに搔き立てられるかのように呼吸が荒くなっていく。
「安心しろ、痛みを感じるのは一瞬だけ」
「あの……僕まだ死にたくないです!」
震えるように声を出すと、男の手は止まった。そうしてすぐ、懐に銃をしまう。
僕は膝から崩れ落ちた。暫くの沈黙が痛い。
また今年も、僕は─。
「それでいい。死ぬ覚悟もねぇ奴が命を投げやりにすんな。」
気がつくと男に頭をなでられていた事に気がつく。
「あれ…」
僕の片目からは、涙が溢れ出していた。
「それじゃ俺は行く。二度と来るなよ」
男は立ち上がると、ゆっくりと僕の横を通り過ぎて行く。
「あのっ……!」
僕はその男を呼び止めた。まだ聞きたい事がたくさんあるのだ。
「あの……名前を教えてもらっても良いですか?」
振り返った男に僕が言うと、彼ははにかんだような笑みを浮かべる。そして一言だけ告げたのだった。
「俺の名前は、
椹木はそう言い残し去って行ったのだった……
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