書籍発売記念SS 誰にも懐かない飛び級天才幼女が、俺にだけ甘えてくる理由――

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書籍発売記念SSとなります!

時系列は、陽平とひめがまだ一年生だった頃のお話です。

どうぞよろしくお願いします。

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 ――これは、俺が一年生だった頃の話。

 まだ俺とひめが仲良くなる前の出来事である。


 季節は冬。クリスマスのシーズンだったと思う。

 年末の休暇を控えていたこともあってか、学校全体が少し浮足立っているような空気の中、俺は一人で廊下を歩いていた。


 移動教室からの帰り道。まだあと一つ授業が残っていて、早く学校が終わらないかなと心の中で愚痴をこぼしていた時。


(……あれは)


 学校の廊下を歩いていると、小さな女の子を見かけた。


 周囲の生徒と比較して、彼女のサイズは一回り……いや、二回りほど小さい。

 それも無理はないだろう。何せ彼女は、まだ八歳の少女なのである。


 しかし、その小さな体には不釣り合いな大きな存在感のせいで、彼女は目立つ。珍しい白銀の髪の毛のせいか、整った端正な顔立ちのせいか。あるいは、その両方か。


「…………」


 無表情で、ただまっすぐを見つめて歩く。

 その姿につい見とれた。自分とはかけ離れた存在を前にして、目が離せなくなったのである


(星宮ひめさん、だったよな?)


 飛び級している天才幼女。その名を知らない人間はこの学校に存在しないだろう。

 彼女もまた、移動教室の途中なのか。教科書を胸に抱えて、ゆっくりと歩いている。進行方向は俺と真逆。つまり、あと少しで俺とすれ違うことになるだろう。


 前方から、ゆっくりと星宮さんが歩いてくる。ただ、そのペースは遅い。並んで歩いている生徒はどんどん前に進んでいるのに、彼女はゆっくりだ。


(そうか。体が小さいから、歩幅も小さいんだ)


 天才的な頭脳と、端正な容姿ばかり注目されがちだが。

 なんだかんだ、あの子はまだ八歳の少女なんだなと理解した。小さな体で過ごすには、高校という場所は色々と不便なことも多いかもしれない。


 ……なんてことを考えていると、星宮さんが目前まで迫っていた。

 まずい。そろそろ、視線を外した方がいいだろう。立ち止まってジロジロ見られているなんて思われたら、彼女が不快な気分になるかもしれない。


 そう思ってはいたのだが。

 でも、視線は動かない。吸い寄せられるように、彼女をずっと見てしまっていた。


 だから、目が合った。


「――――」


 一瞬、明らかに視線が交錯した。

 ……もしこれが何かの物語であるなら、ここがスタートになっていたのかもしれない。


 でも俺は、主人公ではない。

 何かが起きる。そんな期待を抱く間すら存在しなかった。


「…………」


 無言で、彼女は通り過ぎていく。

 一瞬、目は合った。でもそれだけだ。それ以上のことは何も起こらない。


 不快だとすら、恐らく思われていないだろう。

 ただ見られている。星宮さんの認識はそれだけでしかなかったように感じた。


 物珍しい目を向けられているのは慣れていると、そう言わんばかりの態度。

 もうすでに星宮さんは俺の後方を歩いている。振り返らずとも、それは分かっていたので……俺もようやく、前に歩き出した。


(――住んでいる世界が違うなぁ)


 遠い人だと思った。

 自分とは縁のない、違う世界の住人。

 それが、星宮ひめなのだ……と。


 これからもずっと、彼女とは関係のない人生を歩む。

 星宮ひめは、恐らく誰もが憧れるような素晴らしい人生を。

 大空陽平は、誰もが認識できないほどありふれた凡庸な人生を。


 真逆にも近い道を、それぞれが歩んでいくのだ――。






 ――そう、一年前は思っていたのだが。


(あ、ひめだ)


 二年生の、夏休み直前。

 お手洗いからの帰り道。廊下を歩いていたら、前方にひめを見つけた。


(そういえば、去年も似たようなシチュエーションがあったなぁ)


 あの頃はすれ違うだけで何も起きなかった。

 でも、今は違う。


「あ、陽平くんですっ」


 俺を見た瞬間、ひめが嬉しそうに笑った。

 はしゃぐようにこちらに駆け寄ってきて、それから構ってほしそうに制服の裾をギュッと握ってくる。


「どこに行くの?」


「お姉ちゃんに忘れ物を届けに行こうかと思いまして……陽平くんも一緒にどうですか?」


「いいよ。行こうか」


「はいっ」


 それから今度は並んで、二人で歩きだした。

 ……去年のことを考えると、信じられない出来事である。


 それぞれ、違う人生を歩むと思っていた。

 でも今は、歩幅を合わせて同じ道を進んでいる。


(なんで、こんなに懐いてくれたんだろう)


 ……今でも時折、そんなことを考える時がある。


『誰にも懐かない飛び級天才幼女が、俺にだけ甘えてくる理由』


 その答えは……たぶん、そう遠くないうちに明かされるかもしれない。

 なんとなく、そんなことを思うのだった――。





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いつもお読みくださりありがとうございます!

明日12月15日、本作の一巻が発売されます。

電子でも購入できますので、もしよければお読みくださると嬉しいです。

ひめちゃんや聖のイラストもあって、すごくかわいい作品になっています!

ぜひぜひ、よろしくお願いしますm(__)m

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