第百九十一話 意外と体育会系のひめちゃん
さて、世月さんのことについては落ち着いたところで。
そろそろまじめなことを考えるのも難しい状況になってきたので、一旦体の力を抜こうかな。
今、俺たちは総合運動公園に来ていた。
陸上競技場や野球場など、運動施設が設置されてるこの公園は、広場や歩道なども整備されていて一般の人が運動するのにもよく利用されている。現在、夏休みということもあってか周囲には子連れの親子もちらほらと見えた。
子供たちは元気である。暑さなんてまったく気にすることなく走り回っている。むしろ、遊びに付き合っている大人たちの方がへとへとに見えるくらいに。
気持ちは分かる。俺も、できれば冷房の効いた室内でゲームでもしていたい。
そして、俺と同じような気持ちを彼女も抱いているようで。
「暑い……溶けるぅ」
木陰で、彼女はだらんと地面に伸びていた。芽衣さんが強いてくれたピクニック用のシートの上で、アイスみたいに溶けている。そんな姉を見てなのか、ひめは難しそうな顔をしていた。
「お姉ちゃん、人間は溶けませんよ」
「でも、暑いよぉ」
「いつも冷房の効いた室内でダラダラしているから、暑さへの耐性も下がってしまうのです」
耳が痛い話だった。
聖さんだけじゃなく、俺も当てはまるので気を引き締めておこう。
「さて、そろそろ運動の時間ですよ。お姉ちゃん?」
「ひぃ」
と、いうわけで。
この総合運動公園に来ていた目的は、聖さんを運動させるためである。
夏休み直前に太った聖さんのことを、ひめは気にしていた。テスト勉強の途中でお菓子をあげすぎたせいで、成績こそ良かったものの体重が増えたのである。
この前、図書館でダイエット関連の書籍も調べて、準備は整ったのだろう。
いよいよ実践、ということで芽衣さんに連れてきてもらったというわけだ。
「ひ、ひめちゃん? なんか顔が怖いなぁ……お姉ちゃん、いつものかわいいひめちゃんが大好きなのになぁ」
「そうやっておだてても、運動中は甘やかしたりしません。覚悟してください」
「ぐぎぎ」
ひめ、かなり気合が入っているようだ。
格好も動きやすいジャージを着用していて、髪の毛もポニーテールにまとめている。運動部の女子みたいだ……いつもと雰囲気が違うのだが、これはこれでかなりかわいかった。
見た目は愛くるしい少女。
しかし態度は、いつもより厳しいようである。
「さて、まずはストレッチから始めますよ。ケガだけはしないように気を付けましょう」
「え? あ、ちょっと待ってよぉ」
「待ちません。えいっ」
シートの上で寝そべっていた聖さんを強引に起こしたひめは、そのまま彼女の上体を軽く前方に推した。いわゆる前屈なのだが、聖さん……上体がまったく曲がっていない。どうやら、かなり体が硬いみたいだ。
「あ、伸びない。ひめちゃん、これ以上伸びないからっ!」
「いえ、伸びます。大丈夫です」
「大丈夫じゃないって本人が言ってるよ!?」
「嘘です。だってお姉ちゃんが本当に無理だと思っている時は、言葉を発する余裕もなくなりますから。もうちょっと押しますね」
「あっ――!」
「ふむ、ここが限界ですね。夏休みでもうちょっと柔軟な体になりましょう」
「し、しんじゃう……私、夏休みにしんじゃうよぉ」
「そんなに苦しい指導はしません。ケガはないように気を付けながら、健康的な体を手に入れるように努力するだけです」
「……優しくしてね?」
「ダメです。厳しくいきます」
「くっ……た、助けて! よーへー、助けてー!」
思ったよりもひめが容赦なさそうなのを理解したのか、聖さんが今度は俺に助けを求めてくる。
とはいえ、そんなことを言われても……まぁ、助けることは難しいだろう。
(ひめ、意外と体育会系なのかな)
冷めているように見えがちな少女なのだが。
やると決めたら、妥協はしない性格なのかもしれない。
そういう一面が、普段の愛らしい姿とギャップがあって、やっぱりひめはかわいかった――。
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