第百八十七話 母親として


第百八十七話 母親として


 世月さんは俺に対してまったく興味がないようだ。平凡で、どこにでもいるようなありふれた人間に大して関心がないのだろう。それは仕方ない。


 しかし、一定の評価はしてくれているようで、そこは素直に嬉しいかもしれない。


「普通の人間だから良かったのよ。特別すぎるひめからすると、真逆に位置するあなたはすごく不思議な生物に見えているでしょうね」


 うーん。『普通』と『不思議』は相反する言葉だ。それが同じ人物に向けられているなんて、おかしな話だと思う。


「一流プロスポーツ選手の動きって、素人には分からないでしょう? でも、同じ競技をしている二流選手には分かる。一流との壁を感じて相手に畏怖する。だけど素人には分からないから、一流選手が相手だろうと緊張せずに接することができる」


「……えっと、どういうことですか?」


「あなたとひめも同じなのよ。平凡なあなたは、ひめのすごさをよく分かっていない。だから穏やかに接することができるし、過剰な意識をしたりしない」


「なるほど」


 いきなりスポーツの話を始めたので意味が分からなかったのだが、そういうことか。

 この察しが悪いところも、凡人である証明なんだろうなぁ。たぶん、ちょっとからかわれているような気もするのだが、大して不快感はなかった。


「そして、普通であることに卑屈でもなければ、プライドを持っているわけでもない。だから私にこうやって小バカにされたとしても、気にも留めていない」


「俺のことを分析しないでください……言葉にされると、ちょっと動揺しちゃいます」


「ちょっとですむからすごいのよ。こんなに嫌な言葉ばかり言うおばさんのことも、実は嫌いじゃないのでしょう? そういう、いい意味で大らかなところをひめが気に入っているのでしょうね」


 メンタリストか何かだろうか。俺の心の内を見透かされていた。

 もしかしたら俺以上に、俺のことを解析しているように感じる。人を見る目には自信があると先ほど言っていたが、まさしくその通りなのだろう。


「話をして分かったわ。大空陽平、あなたは私の想像を超えることも、下回ることもない、まったくもって予想通りの退屈な人間みたいね」


「そうですか……なんかごめんなさい」


「まったくよ。私のような多忙な人間が時間を割くような子じゃなかったわ……反省しなさい」


 なんで俺は怒られているのだろう。

 謝りはしたのだが、よくよく考えると別に悪いことはしてないので、理不尽だった。


「まぁ、娘とも好きにしなさい。私が干渉する意味がなさそうね」


 腕と足を組んで、ため息をこぼす世月さん。

 それから、目を閉じて……軽く首を横に振ってから、苦笑いを浮かべた。


 やれやれ、と。

 そう言わんばかりの表情で。


「娘と『普通』に幸せな人生を歩むといいわ」


 ただ、その言葉を発している時は――少し、嬉しそうにも見えてしまった。


(……もしかして、娘と仲良くしている俺が気になってたのかな)


 色々と、言い訳めいたことを言っていたのだが。

 結局のところ、世月さんは娘たちのために俺を見定めようとしていたのかもしれない。


 もちろん、建前の理由も決して嘘ではなかったのかもしれない。

 しかし、やっぱり『娘たちのために』が本音な気がした。


 多忙なスケジュールを調整して、わざときついことを言って嫌な態度を振舞っていたのも、全て娘たちのことを思っての行動なのだとしたら、すごく納得できた。


(なんだかんだ、この人も『母親』なんだなぁ)


 自分に対して人間として欠陥がある、と言っていた。その欠点を自覚した上で、娘たちのためにできることを最大限にやれるよう努力しているのかもしれない。


 そう考えて、改めて見てみると……先ほどよりも、苦手な意識が少しだけなくなった。

 たしかに、母親らしいことはできていないと本人は感じているのかもしれない。

 

 でも、俺には星宮世月さんがちゃんと素敵な『母親』に見えた――。

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