第百七十三話 猫と幼女は撫でられるのが好き

 ひめが黒猫と戯れている。


「にゃー」


『にゃー』


 会話でもしているのだろうか。鳴き声を交わしながら、ひめは猫の胴体を撫でていた。小さな手が心地良いのか、猫もリラックスしたかのようにふにゃりと伏せていた。


 ……さて、どうしよう。せっかくひめが猫と仲良くなったのだ。俺が声をかけたら、猫が逃げたりしないだろうか。


 そんな不安があって、歩み寄っても何も言えなかった。

 しかし、そんな俺の心配は杞憂だったようで。


「あ、陽平くん。見てください、にゃんこです」


『にゃ』


 ひめが先に声をかけてから、猫の方も鳴いた。まるで『よう』とあいさつするかのような、短い鳴き声である。


 やや青みがかった黒い瞳は、まっすぐ俺を見ている。猫は俺をハッキリと俺を視認していた。しかし、逃げる素振りはない。


 どうやら、警戒はされていないようだ。


「……人慣れしてるなぁ。まったく逃げない」


「飼い猫、ではなさそうですが。首輪などがついていません」


 言われて、もう一度黒猫をじっくり観察してみた。ひめのそばにかがんで見てみると、たしかに首輪と思わしきものはない。人に飼われている形跡もなかった。


「野良のにゃんこですね」


「それにしては、警戒心がないね」


「こちらが危害を加えないと分かっているのかもしれません」


「たしかに、ひめはまったく怖くないか」


 愛らしい少女は、小動物さえも警戒心を抱くことがないほどに無害な見た目をしているらしい。


「わたしだけじゃなくて、陽平くんも怖くないみたいですよ」


「俺も? うーん、どうだろう」


 ひめと比べると体格が一回り以上大きいので、猫から見ると怖いと感じてもおかしくない気がする。


「だってほら、まったく逃げません」


「……触れるかな?」


 試しに、人差し指をさしだしてみた。猫とのコミュニケーションは、これが一番適切だとネットの記事で見たことがある。


『にゃ』


 俺の指を見て、黒猫は小さく鳴いてから自分の鼻先をこすりつけてきた。匂いをかいで、それから舌でぺろっと舐めてから、頭をそっと伏せた。


 まるで『撫でることを許可してやろう』と言わんばかりである。

 今度は手のひらで頭付近を撫でると、猫は気持ちよさそうに目を細めた。どうやら触ることは認めてくれたようだ。


「やっぱり、警戒してませんね」


「相性がいいのかな?」


「人柄が良いのだと思いますよ。ちなみにうちのお姉ちゃんは、動物が苦手です」


「へー。意外だなぁ……聖さん、動物好きな感じがするけど」


「逆です。動物が、お姉ちゃんを苦手なのです。お姉ちゃんはむしろ動物好きなのですが……人柄が悪いのだと思います」


「人柄が悪いというか……食欲が悪さしている気がする」


 あれだ。水族館に行ったら『あの魚美味しそう!』って言うタイプが、聖さんなのである。動物も本能的に捕食される恐怖を抱くのかもしれない。


「お姉ちゃんは虫さんも食べられると豪語してますからね」


「さすが」


 と、会話を交わしながらも、黒猫を撫でる手は止めていない。頭の次は首筋、今度は背中、そしておしり付近をトントンと叩いてあげると、気持ちよさそうに猫がしっぽを持ち上げた。なのでしっぽまで撫でることができた。


「陽平くん、撫でるのが上手ですね」


「そう? 動画とかでよく見てるからかなぁ」


「なるほど……だからわたしを撫でるのも上手なのですね」


「え」


 いや、人と猫は違う気もするけど。

 でもまぁ、悪い気持ちじゃないのならそれでいいのかな?


 撫でるのが上手と言われてちょっと恥ずかしかった――。




//あとがき//

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