第百七十二話 ねことようじょ
合計五回ほどすべりだいで遊んで、ようやく満足したようだ。
「いい体験ができました」
ひめ、なんだか満足そうである。
表情がどこか満ち溢れていた。すべりだい、よっぽどお気に召したのだろうか。
「……そんなに楽しかった?」
「普通です」
でも、楽しかったとは絶対に言わないんだよなぁ。
まるで『すべりだいではしゃぐ年齢ではないのですが?』みたいな表情を浮かべている。普通だと思っているにしては、何度も遊んでいたのだが……まぁ、別にいいか。
指摘しても認めることはないと思うので、それはさておき。
「陽平くん、先ほどから気になっていたのですが……このタイヤは何でしょうか」
すべりだいの次にひめが向かったのは、タイヤである。
……比喩ではない。文字通り、大きめのタイヤが半分ほど地面に埋められているのだ。それが四つ、等間隔で並んでいる。
地上に出ている半円の部分は、飛び越えたり座ったりするのにちょうどいい高さである。
遊具……と呼んでいいのだろうか。ちょっと反応に困る物体だった。
「言われてみると、たしかに……これって何?」
「陽平くんにも分からないのですね」
「いや、見たことはあるし、遊んだこともあるけど、名前が分からなくて……タイヤ、と俺は呼んでたよ」
「見た目の通りですね。それ以外に呼びようがありません」
「上に乗ったり、跳び箱みたいに跳んだり、座ったりして遊んでたかな?」
「用途も、想像から全く外れていなくて安心しました」
そう言いながら、ひめはタイヤに近づいてその上にぴょんと跳び乗った。
おしりをぺたんとつけて座っている。どうやらひめはベンチとして使用することにしたらしい。
「あちらのベンチは先客がいるので、こっちで休みましょうか」
「先客?」
俺たち以外に、誰かいるのか?
来た時は誰もいなかった。ひめが遊んでいる最中に来ていたのだろう……彼女は気付いていたようだが、俺は全く気付いていなかった。
慌てて振り向いて、どんな人が来たのか確認してみる。
視線の先。公園に一つだけある木製のベンチを見てみると……黒い物体が鎮座していた。
「――猫か」
人、ではなかった。
黒猫がベンチの上に座っている。こちらを警戒しているのか、あるいは観察しているのか、視線を向けられていた。数メートルほど離れているとはいえ、なかなかふてぶてしい猫だと思う。まったく逃げる素振りは見えない。
「先ほど、陽平くんのすぐ後ろをとことこ歩いてましたよ」
「……まったく気づかなかった」
「猫さんですから。忍び足はお手の物です」
人慣れしているのかな?
俺の近くを通っていたということは、人間に対して警戒心が緩い証拠だろう。
とはいっても、せっかくベンチで休憩しているのだ。邪魔はしない方がいいだろう。
「……ワンピースが汚れました。後で芽衣さんにお小言をもらいそうです」
「あー。すべりだいで汚れちゃったんだ」
「失敗しました。もう少し、汚れてもいいお洋服で来るべきでしたね」
「でも、ワンピースは似合っててかわいいよ」
「……陽平くんはなぜそうやってわたしをニヤニヤさせるのですか? 唐突に褒められると困ります」
「あはは。ごめん、今のはわざと」
「いじわるです……まぁ、褒められるのは嬉しいのですが」
と、ゆるい会話を交わしながら、ひめがカバンから水筒を取り出した。
そこで気付いた。俺も、飲み物を買おうと思っていたことを。
「ひめ、あっちの自動販売機で飲み物を買ってくるから、少し待っててくれる?」
「はい。わかりました」
そう声をかけて、自動販売機が置かれている公園の入り口に向かった。
足早に歩いて、とりあえずひめの分も合わせて二本購入。手早く支払いをすませて、ひめの元に戻る。
買った飲み物をひめに渡そうかなと、そう思っていたのだが。
「……にゃー」
ひめが鳴いていた。
タイヤから降りて、身をかがめて俯いている。何事かと思ってのぞき込むと、彼女の足元には……黒い毛玉があった。
『にゃー』
こっちは本物である。
猫の柔らかい鳴き声だった。
どうやら、ひめと猫が仲良くなったらしい――。
//あとがき//
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