第百五十四話 おひめさま抱っこ、はまだ早い
ひめが足をくじいたので、おんぶして教室まで連れていってあげよう。
そう思って、彼女に背を向けて乗るように促したのだが。
「あのっ……いいのですか?」
彼女はすごくためらっている。
遠慮しているのか、恥ずかしがっているのか、照れているのか……あるいは、その全てか。
もちろん、おんぶすることを嫌がっている可能性――はまったく考えていない。
ここまで好意的な態度を見せられて、そこを心配することはもうないだろう。いくら自己肯定感の低い俺でも、ひめの気持ちを疑うほどひねくれてはいなかった。
「大丈夫だよ。遠慮しないで」
そう言いながら、もう一度彼女に向き直った。
おんぶはまだ、もうしばらくやりそうにない様子だと思ったのである。
「え、えっと……うぅ、陽平くんはたまにたくましくなるからずるいです」
せっかく赤みが引いてきたほっぺたが、またしても朱に染まり始めている。
動揺していた。もしかしたら、先ほど靴下を脱がした時よりも戸惑っているように見えた。
ひめはどうやら何かが気になっているらしい。
「重たいかもしれませんよ?」
「それはないかなぁ」
身長120センチ。足のサイズ19センチ。体重は聞いたことないのだが、たぶん聞いたらびっくりするくらいの軽さだと思う。
「でも、26キロありますよ?」
「26キロ!?」
予想通りびっくりしてしまった。
想像よりはるかに軽かった。そっか、30キロないんだ……! 俺の体重が61キロなので、半分以下である。冷静に考えると八歳の女児なので当然なのだが、やっぱり驚きは隠せなかった。
「軽いから安心していいよ」
「そうでしょうか……お姉ちゃんにおんぶしてもらったら、すぐ疲れて下ろされますから」
「それは聖さんの体力の問題じゃないかな」
ひめに原因があるわけではないと思う。
もちろん、長時間おんぶするのは俺でもきついと思うけど、少しなら余裕だろう。
「お姉ちゃんにはまぁ、下ろされても気にしないのですが……陽平くんに下ろされちゃうと、たぶんショックで寝込んじゃうと思います」
なるほど。そこを気にしていたんだ。
八歳だけど、ひめも女の子だ。自分の体重を気にしていないわけではないのだろう。俺に重たいと思われることが怖いようだ。
「安心して。なんだかんだ、力はあるよ」
少なくとも聖さんよりは自信がある。
……いや、意外と聖さんは体幹がしっかりしているからどうだろうか。食べるのが大好きなだけあって、安定感があるんだよなぁ。もちろん太っているという意味ではなく、健康的と言いたいのだが、たぶん本人にそう言っても伝わらないと思うので黙秘しておこう。
まぁ、力に自信があるわけではないが、持久力で言うと間違いなく聖さんより勝っていると自負がある。きっとひめを下ろすことはないだろう。
しかしながら、彼女が嫌がるのであれば強制することはできないわけで。
「おんぶは抵抗ある?」
「……ちょっとだけ」
「じゃあ、どうしよう? うーん……だっこしようか?」
一応、代替案を出してみる。
ちなみに、ひめに歩かせるという案はない。そもそもそこは考慮していなかった。
「だ、だっこはもっと恥ずかしいかもしれないです。コアラさんみたいになっちゃいそうです」
「じゃあ、お姫様抱っこは?」
「そんなことされたら、たぶん熱が出ちゃいます」
それは良くない。けがの状態を気遣っておんぶしようとしているのだ。余計に体調を崩すようなことは、本末転倒だろう。
「……興味がないわけではないのですが」
と、小さく補足するあたりがひめの愛らしいところである。
そんなことを言われて悪い気分になるわけがない。いつか、その機会が訪れたらやってみよう。どんな顔になるのか興味がある……いつその機会があるかは分からいけど。
「ごめんなさい。やっぱり、おんぶをお願いしてもいいでしょうか」
色々考えた末、当初の提案に結局戻ってきた。
俺もおんぶの方が抱えやすいので、断る理由はないだろう。
「分かった。じゃあ、乗って」
ひめのそばに身をかがめて、背中を向けた。
もうひめの顔が見えないので、どんな表情をしているのかは分からない。リアクションも見たかったのだが、彼女がすごく照れていたので配慮しておいた。
「……いきますね」
そう言って、ひめがそっともたれかかってくる。
まずは腕を肩に回してきたのを確認して、次は俺の手を後ろに回して膝から内側に腕を入れた。クロスするように組んでから、上に軽く持ち上げる。
その瞬間、ひめの体がふわっと持ち上がった。
「わっ」
彼女は驚いている。そして俺も、驚いていた。
「お、重たくないですか?」
「全然。軽いよ……軽すぎてびっくりするくらいに」
思っていた以上の重量感。もちろん、良い意味で予想を裏切られたのである。
やっぱりひめは、小さくてかわいかった――。
//あとがき//
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