第百五十二話 ひめちゃんのおみ足
ひめが転びそうだったので抱きとめた。
後ろから、みぞおち部分に片手を回して支えた。柔らかい肌の感触と、化粧品からは発せられないであろう甘い匂いがふわっと漂ってきて、少し照れそうになる。
聖さんもいい匂いがするのだが、ひめは系統が全く違う香りがする。
……なんてことを考えていたらなんだか変態みたいなので、自重しておこう。
(軽いなぁ)
とっさだったので片手しか出せなかった。
しかし重量はほとんどと言っていいほど感じない。片腕でもすっぽり収まるサイズ感。八歳という年齢は伊達じゃない。
ひめは子供だ。本来であれば小学三年生である……まだまだ幼い。
だけど彼女は、言動が大人びている。そのせいで見た目以外はあまり子供だとは感じない。
でも、触れているとやっぱりこの子は八歳なのだと実感した。
それくらいひめは、小さかった。
(さて……ひめ、大丈夫かなぁ)
転ぶ前に支えたので大きな怪我はないように見える。
しかし、足首をひねったかどうかまだ分からない。なので手を離すこともためらっている。
もちろん分かっている。
ひめの顔が真っ赤なので、離してあげた方がいいんだろうな……ということは。
(これは照れなのか。それとも、触られて恥ずかしいのか。もしかして――ドキドキしてるのか)
触れている手をもう少し上にずらせば、恐らく心臓の鼓動も把握できる。
しかしそれはしたくない。ひめの心を勝手に覗いているみたいで、それは卑怯だと思った。
だから待った。
ひめが落ち着いて、話ができるようになるまで。
「……あ、あのっ」
時間にして十秒くらいだろうか。
顔を真っ赤にして硬直していたひめが、ようやく我を取り戻したらしい。
先ほど、お礼を言って以来の言葉である。
「ひめ。足、痛めてない?」
声を発したということは、少し冷静になったと言うことだろう。
彼女は俺に何か言いたそうにしていたが、その前に怪我の有無だけ確認させてもらった。
「足は、大丈夫……と、言いたいところですが」
ひめが右足首を軽くぶらぶらさせている。痛みがないか確認しているらしい。
これだけ動かしていれば、怪我をしているということはなさそうだが。
「……少し、痛みがあります。軽くひねったかもしれないです」
「なるほど……ちょっと休もうか」
苦痛に顔を歪めていないので、病院に行くほどの状態ではないと思う。
ただ、素人の判断なのでそう決めつけるのも良くないだろう。
「ちょっと見てもいい?」
「え? 足を、ですか?」
「うん。どういう状態が確認しておきたくて」
真っ赤に腫れていたり、青あざになっていたら、保健室に直行しようと思っている。
でも、今は放課後で、しかもテスト期間中だ……通常なら生徒も帰宅しているので、保険の先生もいないかもしれないけど。
「……わ、分かりました」
ひめ、ちょっと恥ずかしそうだけど了承してくれた。
ごめんね、素足を見せるのは抵抗があるかもしれない。だけど今は緊急なので、我慢してもらおう。
「下ろすよ。座れる?」
「ありがとうございます」
ゆっくりと、ひめを床に下ろした。
廊下の壁にもたれかかるようにひめを座らせてから、上履きにそっと触れる。
「脱がすよ? 痛かったら言ってね」
まずは上履き。次に靴下を脱がしてあげる……その間、ひめは声一つ上げなかった。
「……痛い?」
「い、いえ……ごめんなさい。あの、裸足を見られるとは思っていなかったので、緊張して痛みを感じないかもしれないです」
声の動揺はあまりない。
でも、顔が真っ赤な上に、瞳もちょっとうるんでいる。ひめにしてはかなり恥ずかしそうだった。
「汚いかも、しれませんよ?」
「いやいや。綺麗だけど」
靴下が脱げて露わになったひめの足は、真っ白で細くて……すごく綺麗だ。
少なくとも俺の足よりは清潔である。汚いなんて、有り得ない。
「綺麗……っ」
そして、この子は少し誉め言葉に弱すぎる。
別に他意なんてなかった。本当に率直に感想を言っただけなのに、ひめはさらに照れてしまっていた。
しかし、顔はもうこれ以上真っ赤になることはないようだ。
さっきからずっと同じ色味のままである。
そのせいで、余計に素足が白く見えてしまうのかもしれない――。
//あとがき//
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