第百三十二話 八歳にはまだ早い
たしかに、俺の方が聖さんよりは成績が上ではある。
しかし、こんな大して特徴のない平凡な男子生徒に教わることを、聖さんのプライドが許すのか少し不安だった。
「え、よーへーも手伝ってくれるの!? ありがと~。この恩は必ず返すねっ」
……まぁ、聖さんならそう言ってくれるに決まってるか。
彼女にはプライドがない――というわけではなく、単純に人を上か下かで見たりしないタイプなのである。分かりやすく言うと、聖さんは善良な人なのだ。
常に自分を低くして、傷つかないように予防線を張っている俺よりも彼女の方が人格的には素晴らしい人間である。ひめもそうなんだけど、二人とも人間ができていて尊敬した。
俺も、なるべく彼女たちの期待に応えられるようにがんばりたいところである。
「恩を返す……それってまさか、体で返すってやつっすか!? ただれた肉体関係なんて高校生ではダメっすよ、お二人とも! これもスクープっすね……あたしの妄想が止まらないっす!」
……低俗だなぁ。
でも、むしろこのレベルの低さが俺には少し心地よかった。久守さんを見ていると自分の未熟さを忘れることができて逆に良い。
そしてペンじゃなくて妄想が止まらなくなるところも彼女らしい。記事にするつもりはない、ということだろう。
前々から思っていたのだが、久守さんって意外と恋愛脳だったりするのだろうか。俺とひめの関係性でもキャーキャー言ってたし、今も聖さんと俺で脳内がピンク色になっているし、それに近い気がしている。
「そ、そんなこと考えてないよっ。も~、久守ちゃんはいつもそんなことばかり言ってるから、生徒会長に怒られちゃうんだよ?」
「さーせんっす! 元陸上部なんで、つい!」
「……陸上部は関係ないような」
陸上部への風評被害がすごい。
まぁ、もちろん妄想が激しいことを陸上部のせいにしているわけではないらしく。
「恋愛も禁止の厳しい部活動をやってたんで、そういうことばっかり考えるようになっちゃんすよ~。もうちょっとまともに異性と交遊関係を持ててたら良かったんすけどね」
なるほどなぁ。
……いや、でも俺だって別に異性との交遊なんてほとんどなかったけど、そこまで妄想は酷くないぞ?
やっぱり久守さんが変態……じゃない、妄想が激しいだけだと思うけれど。
そろそろこの話題は終わっておいた方がいいかもしれない。
なぜなら、ひめが不思議そうな顔をして話に入ってきたからである。
「陽平くん、陽平くん」
「はいはい、どうかした?」
「『体で恩を返す』とは、いけないことなのでしょうか。肉体労働と同じ意味だと思っていたのですが……お姉ちゃんと陽平くんの反応を見ていると、あまりよろしくない表現だと感じていて」
あ、まずい。
ひめがいるのにこんな話をするべきではなかった。
「いや、当たってるよ! ひめの認識は間違えてない……そうだよね、聖さん?」
「そ、そうそう! ひめちゃん、変なこと気にしなくても大丈夫だよ~」
慌てて聖さんと一緒に隠蔽工作を試みる。
良かった。聖さんも今の話題がひめの情操教育的によろしくないことを察してくれていた。まったく、久守さんは仕方ない……八歳の前で変なこと言わないでほしい。
「……そうですか。それでは、気にしないようにします」
そう言ってはいるが、ひめは少し気になっていそうである。ただ、俺と聖さんの反応を見て触れるのがまずいと察してもくれたのだろう。素直に引いてくれた。
良かった。ひめが大人なので丸く収まってくれた。
「さーせんっす!」
そして当の本人はまったく悪気がなかったようで、明るく笑っているから不思議なものだった。
良くも悪くも、久守さんはとても明るい――。
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