第百二十八話 にゃんにゃんひめちゃん

 まずい。ひめが久守さんを餌付けしている。

 まぁ、本人はそう言ったものの、もちろん本気で久守さんをペットだとは思っていないだろう。ひめなりのお茶目な冗談だ。


「ふむふむ……わんこ、でしょうか。ゴールデンレトリバーにたとえるには少し体格が小柄なので、柴犬の方が近いかもしれませんね」


 ……冗談だよね?

 えっと、そうだ。ひめは別に久守さんのことをペットというか、犬で例えているだけだ。犬系女子とかそういうやつ。たぶん使い方は違うけど、とにかくそう強引に解釈したのだが。


「久守さん、おて」


 ダメだ。ひめが完全にそういう目で見ていた。

 せっかくフォローしたのに台無しである。


「ワン!」


 そして久守さんもノリノリである。犬のように座ってひめの小さな手に自分の手を乗せていた。


「よしよし、よくできました。どうぞ、おやつです」


「わおーん!」


 久守さん、ペット扱いされていることをむしろ楽しんでいるようだ。この子、性格が明るすぎる……!


「ひ、ひめ? さすがに同級生をペット扱いは良くないと思う」


 冗談であれば笑って流すところだけど。

 ひめは無表情なので、少し発言の意図が分かりにくい。聖さんが近くにいたら、こういう時は彼女に判断をゆだねるのだが……今は俺と久守さんしかいない上に、久守さんはペット扱いを喜んでいるので、俺しか指摘できる人間がいなかった。


「そうでしょうか。かわいくていいと思うのですが」


 ただ、ひめはピンと来てないらしい。

 久守さんの首筋を犬みたいに撫でている。そして久守さんも嬉しそうに撫でられている。それをひめが見せつけて「ほら、喜んでますよ?」と言いたげだった。


「だって、ひめも俺にペット扱いされたらイヤだと思わない?」


 情操教育、ではないけれど。

 大人びているとはいえ、ひめは八歳である。このあたりを甘く看過するとダメだと、姉から教わっていた。甘やかすだけが教育ではないのだ、と。


 おかげで俺も、心陽ちゃんが本当に悪いことをしたらちゃんと注意するようになった。無意識だったが、ひめにも似たようなことをしていたのである。


 ただ、今回に限っては少し例が間違えていたかもしれない。


「陽平くんのペット……別に嬉しいですが」


「え」


 この子からの好感度が高すぎる。

 しかも照れたように言う、とかですらない。真顔で、まるで「雨降ってますね」と言うくらい日常的な表情ですごいことを言っていた。


「久守さんは柴犬なのですが、わたしは何になるのでしょうか」


「そうっすね~。星宮先輩は犬というより子猫っぽいかもしれないっすね。ワン!」


「子猫……いいですね。かわいくて好きです」


 俺を無視して、女子二人で盛り上がっている。

 ……もしかして、俺が真剣にとらえてしまっているだけでこれって冗談なのかな。


 ひめがあまりにも真顔なので分からない……!

 そして女子は意外と、こういう話題が好きなのかもしれない。二人ともなんだか楽しそうだった。


「陽平くん」


「……な、なに?」


 冗談なら特に言うことはない。

 変な指摘の仕方をしちゃったかもしれないと焦っていたら、ひめが手をこまねいてかわいらしく小首を傾げた。


 いったい何をするのかと見守っていると、


「にゃー」


 鳴いた。

 猫みたいなポーズをとって、上目遣いで俺を見上げながら、小さく鳴いた。


「…………」


 ごめんね、ひめ。

 訂正する。たしかに、ペットとして考えてもめちゃくちゃ可愛いよ。


 あまりにも可愛すぎて、一瞬心臓が止まりかけた――。

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