第百十六話 幼女と寝ている場面が見つかった場合

『ガチャッ』


 ノックはなかった。

 何の前触れもなく、急に部屋の扉が開いた。


 だから止められなかった。

 姉さんが部屋に入ってくるのを、制止できなかったのである。


「よーくん、ごめんね! 心陽の面倒を見させて……って、あ」


 姉さんはバッチリ見ていた。

 俺が幼女二人と、一緒に寝ているところを。


「ね、姉さん! これは……けほっ」


 慌てて言い訳しようと口を開く。

 しかし、寝起きのせいか口がうまく回らない。慌ててもいるのだろう。喉が詰まってこんな時にせき込んでしまった。


 これでは説明すらままならない。


「…………」


 姉さんは無言だ。何も言わずにこちらを凝視している。


(こ、怖い……)


 身長175㎝。すらっとしたモデル体型。自分で染めまくって傷んだ金髪を雑に一つに結んでいるのはパート帰りの証拠だ。化粧こそ薄くしているのだが、仕事の疲労のせいかなんだか顔色が悪い。おかげで愛の重さに苦しんでいる義兄さんが唯一べた褒めしている美人な容姿が台無しだ。


 元ヤンキーの若妻。自分の姉でこういうたとえはしたくないのだが、エッチな動画とかにあるジャンルでまさにピッタリの人だと思う。


 なので普通に怖い。

 地元では負け知らずとかいう、現代に生まれた昭和のヤンキー娘なのだ。俺には優しかったが、やっぱり何度か怒られたことはあって、そのたびに泣かされていた。


 今回も泣くかもしれない。いや、もうすでに泣きそうである。

 ひめと心陽ちゃんの前では勇ましいところを見せたいのだが……俺もなんだかんだ、男子高校生の子供である。気丈でいられるのも限界がある。


「ご、ごめんなさい」


 とりあえず謝ってみた。何に謝っているのかは自分でも分かっていない。


「…………」


 しかし姉さんは何も言ってくれなかった。

 どうやら俺はもう視界に入っていないらしい。ベッドの上で眠る幼女二人に釘付けである。


 目の色は……ない。

 ああ、終わった。娘をベッドに連れ込む最悪な野郎としてこれから説教されることだろう。


 怒声を浴びせられることを覚悟して、ぐっとこぶしを握った。


『むにっ』


 そのせいでひめのほっぺたにまた触ってしまった。緊張感が抜ける心地良い感触だが、今はちょっとタイミングが悪かったかもしれない。


「んっ」


 またしてもひめが声を漏らした。

 それを聞いて、姉さんがグッと眉間にしわを寄せた。


「これ、どういうこと?」


 ふらっと、こちらに歩み寄ってくる姉さん。

 声に感情は宿っていない。無機質で平坦な口調に、背筋が寒くなった。


 ど、どれだけ怒っているのだろうか。

 せめて、顔だけは殴らないでほしい……と祈りながら、歯を食いしばって姉さんの到来を待つ。


「こんなの、ありえないでしょ……!」


 そして姉さんは、容赦なく腕を振り上げて――





「――きゃわいい! 何よこの子、天使? うちの心陽くらいかわいい女の子とか初めて見たんだけど!? よーくん、この子だれっ? うわ、まつげなっが。髪の毛さっらさら! おはだぷにぷに!?」





 ……なんだこれは。

 腕を振り上げたかと思ったら、姉さんは俺ではなくひめをひしっと抱き上げて絶叫していた。


 怒っているのかと思ったけど、それは勘違いだったらしい。


「お、お人形かよ……うちに持って帰っていい?」


 姉さん、ひめが可愛すぎるあまり様子がおかしくなっていたみたいだ。

 ……と、とりあず良かった、のかな?


 なんだか状況がまだよく分かっていないが、ひとまず殴られなくて良かった――。

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