第九十八話 よーちゃんと結婚するー!

「よーちゃん、ぎゅーっ」


 おかしい。どうして俺は今、心陽ちゃんに抱き着かれているのだろうか。

 コントローラーを置いて、彼女の頭を撫でながら先ほどまでのことを振り返ってみる。





 ――ゲームをしていたはずだった。

 プレイしていたのは、世界的にも大人気のレーシングゲーム。赤や緑の帽子をかぶった配管工のおじさんたちとカートでレースするやつだ。バナナや甲羅で妨害したり、サンダーで小さくなったりして面白い。高校生になった今でもたまにやるとすごく楽しめる神ゲーだと思う。


 心陽ちゃんも大好きで、家に来るたびにこのゲームをプレイしていた。

 今日も二レースくらいはいつも通り楽しんでいた。しかし三レース目を終えて全部最下位という結果に終わった心陽ちゃんが、ついに怒りを爆発させたのである。


「もーむり! なんでこはるばっかりねらわれるの? ずるいずるいっ。うにゃぁああああ!!」


 さすが六歳児。感情に素直な年齢である。

 怒りのままに声を上げたかと思ったら、彼女はそのまま俺の腹部に向かって突っ込んできた。


「ぐぇっ」


 回避は不可能。あぐらをかいていたせいで急に動くことはできず、どうにか心陽ちゃんがケガしないように受け止めるので精一杯である。


「よーちゃん、なでなでして?」


 そして彼女は甘えてきたのである。

 ストレスが限界値だったのだろう。癒しを所望だった。


「分かったから……落ち着いて。ゲームで怒っても仕方ないんだから、楽しまないと」


 断ったら更に機嫌を悪くしそうだったので、言われた通りに頭を撫でてあげた。長い黒髪をなぞるように指を這わせたら、心陽ちゃんはこそばゆそうに体をジタバタとさせた。


「にゃははっ。くすぐったーい」


 さっきまで怒ってたのに。

 撫でてあげたら一瞬で機嫌を直した。六歳児の機嫌はコロコロと変わる。


「よーちゃん、ぎゅーっ」


 そして彼女が抱き着いてきた、というわけだ。

 心陽ちゃん、楽しそうだ。俺に抱き着いてすごく満足そうな表情を浮かべている。


「ねぇねぇ、こはるね……よーちゃんのこと大好きっ」


「はいはい、ありがとう。俺も心陽ちゃんのこと大好きだよ」


「やったー♪ りょーおもいだねっ」


「うん、両想いだ」


 いつだっただろうか。

 たしか、一年くらい前かな?

 心陽ちゃんにこんなことを言われた。


『こはるね、よーちゃんと結婚するー!』


 心陽ちゃんのことは赤ちゃんの頃から知っている。姪っ子なので面倒もよく見ていた。おかげでこの子はよく懐いてくれている。


 だから、結婚するって言ってくれたのだろう。

 そのセリフを聞いて、心陽ちゃんのお父さん――姉の結婚相手がすごく複雑そうな顔をしていたのもよく覚えていた。義兄さん、ごめんなさい。でも俺のせいじゃないので、あんまり警戒しないでください。会うたびにちょっと気まずいです。


 まぁ、俺と義兄さんの関係についてはさておき。

 とにかく、心陽ちゃんは俺に対してかなり……なんというか、好意的な態度をとることが多かった。今のところ、おませだなぁくらいで流しているし、それでいいと思っていたのだが――ひめが来るとなれば、話は別だ。


(心陽ちゃんとひめは年齢も近いし、ライバル視されてもおかしくないかもしれない)


 六歳と八歳。精神年齢にこそ大きな差はあるが、肉体年齢はほとんど同じと言っても過言ではないだろう。

 ひめは相手にしないかもしれない。しかし心陽ちゃんはきっと、ひめを見て心中穏やかではいられない気がする。


 何せ、母親が元ヤンキーの姉なのだ。

 負けん気の強さはしっかりと引き継がれている。きっと、ひめに対しても強く出るだろう。


(喧嘩しているところは見たくないし……よし、ひめには悪いけどやっぱり今日はやめておこうかな)


 迷っていたけど、決めた。

 ひめが遊びに来るのは、ちゃんと断ることにした――。

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