第八十四話 作法? 何それ美味しいの?

 さて、聖さんの様子もだいぶ落ち着いてきたところで。

 星宮姉妹に案内されて、食堂にやってきた。


 ……冷静に考えると、個人の家に食堂という場所があることがそもそもすごい気がする。

 広さは星宮姉妹の部屋より少し大きいくらい。10人ほど座れるであろう大きな長テーブルが部屋の中央にある。そのそばに芽衣さんがすでに控えていた。


「お待ちしてたわ。もう準備はできているから、ごゆっくり」


 白いテーブルクロスの上にはすでに料理が並んでいる。

 メニューは、えっと……肉だ。ステーキ、だと思う。うん、なんか美味しそうな肉の塊が白いお皿の上にある。美味しそうなソースもかかっている。庶民の俺にはこうやって陳腐な表現しかできないが、とても美味しそうな上に高級そうだった。


「シャリピアンステーキを用意したわ……お口に合えばいいのだけれど」


「しゃりぴあん? な、なるほど」


 聞いたことあるような、ないような気がする。

 とりあえず促されるまま席に座った。すぐ右隣には当然のようにひめが座っている。そして聖さんは俺の左隣に座った。


 こういう時、なんで星宮姉妹は俺を挟むのだろう。校長室でお昼ごはんを食べている時と同じ席の位置である。


「いただきまーす!」


 座るや否や、聖さんがハキハキとごはんを食べ始めた。

 普段よりもなんだか元気だ。昼食の時もそうなのだが、食事の時はテンションが高い人なのである。それくらい食べるのが大好きなのだろう。


「いただきます……陽平くんも、どうぞ遠慮なく食べてください。芽衣さんはお料理も上手なんですよ?」


「う、うん。いただきます……」


 ひめにそう言われて、頷きはしたのだが。

 正直なところ、食べ方に迷っていた。庶民なのでテーブルマナーが分からない。ナイフとフォークを用意されているのだが、なかなか手を付けられずにいる。


 高級料理店になんて当然のように行ったことがない。参考にするためにも、すごい勢いで食べ進めている聖さんの方を見てみた。


「ん~! おいしー! これ赤身肉だよね? 脂がすくないということは、カロリーがゼロってこと……つまりおかわり自由っ」


 ……作法? 何それ美味しいの?

 そう言わんばかりに豪快な食べっぷりだった。ナイフでステーキをさばいて、フォークに切り身を突き刺し、豪快に大口を開けてかぶりついている。


 圧巻だ。お嬢様なのは見た目だけで、聖さんはなかなか豪快である。


「陽平くん、普段通り食べて大丈夫ですよ。うちのお姉ちゃんもあれですから……お家でくらい、作法なんて無視して大丈夫です」


 さすがひめだ。俺の様子を見て、何に迷っているのかも理解していたらしい。

 その言葉を聞いて安心した。いつもそうなのだが、俺が変に気負ってしまうんだよなぁ。


 余計なことを気にする性格なのだろう。いいかげん、もう少し力を抜けるよう意識していきたいものだ。


「気にせずリラックスしてください」


「そうだね。ありがとう……いただきます」


 ひめに感謝の気持ちを伝えてから、ナイフを手に取る。使い慣れていないのでぎこちなくはあるのだが、なんとかステーキを食べやすいサイズにカットしてフォークで食べた。


 咀嚼すると、上品な味が口の中に広がった。こんなに柔らかい赤身肉を食べるのは初めてだ……ソースとの相性も抜群である。


「陽平様、どう? お口に合う?」


「はいっ。今まで食べたステーキで一番美味しいです……!」


 少し不安そうな芽衣さんにそう伝えると、彼女は嬉しそうにはにかんでメイド服の裾を軽く握った。


「そう。良かったわ……ふふっ♪」


 芽衣さん、嬉しそうだ。

 俺の言葉を噛みしめるように喜ぶ姿は……ひめとやっぱりそっくりで、かわいかった――。

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