第四十一話 好意を素直に受け止めること
チョコレートパイの実を一口食べると、ひめはほっぺたを押さえながらソファの上でぴょんぴょんと跳ねた。
「ん~♪ 陽平くん、サクサクですねっ!」
「うん。この食感がたまらないよね。もう一個食べる?」
「はい! あ、でも今度はジックリと見てみたいので、手のひらに置いてもらってもいいですか?」
と、言うことで包装紙から取り出して手のひらに乗せると、ひめは顔を近づけてじっくりと眺めはじめた。先ほどまでは緩んでいた表情が、今は少しだけ引き締まっている。
真剣にお菓子を眺めていた。
やっぱり、甘いお菓子が好きなんだろうなぁ。そういうところは子供っぽくて、すごく可愛らしかった。
「なるほど、薄いパイの生地を何層にも重ねることでこの触感を生み出しているのですね」
「前にネットのニュースで見たんだけど、このサイズで64層重なってるらしいよ」
「そうなのですか? 道理で普通のパイにはない感触だと思ったのです……ちなみにこれも、皆さんが日常的に食べているお菓子なのですか?」
「そうだよ。俺もおやつとか間食で結構食べてる」
「……ぅ~。今までの人生を後悔しそうになりますっ。キノコタケノコのお菓子といい、わたしはすごくもったいない時間を過ごした気分になってきました」
そこまで!?
大げさだと思いはしたものの、初めてこのお菓子を食べたのならそういう感想を抱いてもおかしくないのかもしれないと考え直した。
物心つく前から食べていたと思うので、初めての記憶はないのだが。
しかし、成長してからお菓子を食べたとなれば、やっぱり感動するだろう。
「では、二個目も頂きますね。ぱくっ♪」
それから、当たり前のように俺の手のひらごとチョコレートパイの実にかぶりつくひめ。
湿った吐息と、柔らかい唇が触れて、少しくすぐったかった。
「……よーへー、たいへんっ。もう残り数個しかないよ!?」
そして、先ほどからしばらく無言だった聖さんが急に声を上げたと思ったら、箱にあるチョコレートパイの実が半分以上消え失せていてすごくびっくりした。
「こんなにいきなりなくなるなんて……幽霊のせいかなぁ?」
「いえ、お姉ちゃんのせいです。あんなに次々に食べていたのですから、なくなるのは当然ですよ?」
「――え? 私、そんなに食べてないよ~? せいぜい三個くらいじゃない?」
「じゃあ、その机にある大量の空き袋はなんですか?」
ちょうど聖さんの手前。そのスペースには、チョコレートパイの実が入っていた包装紙がたくさん散らばっていた。間違いなく、その犯人は聖さんだろう。
「あれ? う、うそ……食べた記憶がないのに、いつの間にかこんなに!?」
「一口サイズですからね。きっと、手が止まらなかったのでしょう」
「うぅ……ひめちゃん、よーへー、ごめんね? 残りは全部もらっていいから」
「気にしないでください。お姉ちゃんに悪気がないことは分かってますし、もっと食べてもらっても構わないですけど……あ、でもダメです。それ以上食べたら、また体重が増えたと言って落ち込んじゃいますよ?」
「た、体重の話はやめてっ」
相変わらず、星宮姉妹は仲が良くて微笑ましい。
自分が多く食べてしまったことを即座に謝る聖さんも、そんな姉をちゃんと理解して受け入れてくれるひめも、見ていてすごく温かい気持ちにさせられた。
俺も当然、気にしていないわけで。
「謝らなくていいよ。俺は食べたいときにまた買うし……残りはひめが食べて」
「いいんですか? えへへ、陽平くんは優しくて大好きですっ。素敵なお兄ちゃんになること間違いなしですね。ありがとうございます!」
残りをひめに全部譲ると、彼女は嬉しそうに頷いてくれた。
ひめのいいところは、人の好意を素直に受け止めてくれるところだと思う。
そうやって喜んでくれるから、この子のために色々としてあげたくなるのだ――。
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