第二十二話 無知ではいられない


 そういえば俺は、星宮姉妹についてあまり知らない。

 知っていることと言えば、この学校の生徒なら誰もが知っているようなことくらい……いや、それすらも少し怪しい気がしていた。


 ひめが飛び級した天才だということ。

 姉の聖さんが生徒会に所属していて人気者だということ。


 冷静に考えてみると、それくらいしか知識がない。

 まぁ、それも当たり前の話か。


 だって、今までは知ろうとすら考えていなかった。二人のことを知ったところでモブのように生きている俺には関係がないことだと決めつけて、知っても意味がないと思っていたのだ。


 もしかしたら……俺が無知だったことは、ある意味ではひめにとって逆に良かったのかもしれない。

 他の人と違って、俺は彼女を子供扱いしていた。それがひめは居心地が良かったらしく、懐いてくれたのだと思う。


 でも、現在の俺は素敵な縁があって星宮姉妹と仲良くさせてもらったわけで。

 つまり、二人のことをもっと知りたいと思うようになっていた――。






『陽平くん、今日はすぐに帰らないといけません……ごめんなさい、研究の打合せがありまして。本当はもっとオシャベリしかったので、すごく残念ですが……それでは、また明日です。ばいばい、陽平くんっ』


 そして、放課後のことである。

 用事があるということで、慌てて教室を出るひめに手を振ってさよならを伝えた後、俺も帰ろうと準備をしていた時である。


「あの、ちょっといいっすか!」


 不意に後ろから声をかけられた。


「え? あ、はい?」


 普段、誰からも関心が向けられない人生を送っているので、まさか他人から話しかけられると思ってなくてびっくりしてしまった。


 振り向くと、そこには活発そうな少女がいた。

 栗色のくせっ毛が特徴的な女子生徒である。一年生……かな? なんとなく後輩っぽい感じがした。


「初めまして、あなたが大沢先輩っすか?」


「……いや、俺は大空だから違うと思う」


「お、大空……? えっと、まぁそっちだった気がするっす!」


 なんだこの子、失礼だなぁ。

 いや、でも担任の教師すら俺の名前は覚えてないので、部分的にでも知っていてくれているのなら、むしろ失礼じゃないのかもしれない。


 ……まぁ、別に名前を覚えられないことは慣れているからいいんだけど。

 とりあえず、俺に用事がありそうだったので話を聞くことにした。


「すいませんっす! あたしは久守灰音(くもりはいね)、一年の新聞部っす!」


「……何か用事でもあるの?」


 と、聞き返しはしたものの……なんとなく、彼女の目的が分かった気がする。

 新聞部ということは――


「はい! 先輩に、星宮さんについてのお話を聞かせてほしいっす!」


 ――ひめのことを、彼女は知りたがっている。

 まぁ、いきなり俺に話しかける理由なんて、彼女のことくらいしかないだろう。


(ひめ、変に目立つのはあまり好きじゃなさそうだしなぁ)


 正直なところ、あの子の話を言いふらすのはあまりしたくない。

 でも、ここで断ったところで、久守さんが活動を自粛する保証はない。むしろ、本人に直撃取材とかもっと過激な取材を行う可能性もあるわけで……そうなると、ひめは嫌な思いをするかもしれない。


(それに、新聞部だし……噂話にも詳しいよな?)


 ちょうど、星宮姉妹のことも知りたいと思っていたのだ。


「……別に大した話はないよ?」


「いえいえ! なんでもいいので、ぜひ話が聞きたいっす!」


 相手の動向を探りつつ、欲しい情報が手に入るせっかくの機会である。

 色々考えた結果、拒絶せずにあえて懐に入ってみることにした――。

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