第十九話 優しくて素敵ないい子


 タケノコとキノコのチョコレート菓子が、俺の手のひらに乗っている。

 ひめは真ん丸のおめめで二つを凝視して見比べていた。


「ひめちゃん、そんなに見ても味は分からないんじゃないかなぁ~?」


「いえ、今は見た目を堪能しているだけです。こんなに素敵な食べ物を一瞬で食べるなんて、もったいないですからね」


「え。そ、そんなに美味しいの……?」


 昼食で満腹らしい聖さんも、ひめの態度を見てさすがに気になってきたらしい。

 先ほどまでは興味なさそうだったのに、今はこちらをチラチラと見ていた。


 一方、ひめはもう聖さんのことなど眼中にないようで、キノコとタケノコに夢中である。


「見た目は二つとも同じくらいかわいいですねっ。どっちを先に食べるか悩みます……!」


「えっと、早く食べないとチョコが溶けちゃうよ?」


「……? 溶けても味は変わりませんよ?」


「いやいや、そういう問題じゃないような」


「……あ! 陽平くんの手が汚れてしまいますね。すみません、気が回らなくて」


 俺の手が汚れるのも、別にいいんだけど……まぁ、ひめが気にならないならそれいいのか。

 そういえば昨日も、俺の指ごとお菓子を食べていたなぁ。ひめは潔癖じゃない……というよりかは、俺に心を許してくれているのだろうか。


 だとしたら嬉しいことなので、俺もあまり気にしないでおこう。


「じゃ、じゃあ、まだ食べたことのないキノコの方からにします! くぅっ、タケノコの方も食べたいけど、我慢してまずはこっちの味を確認してみますね?」


 少しの葛藤を経て、ひめはようやく決めたようだ。

 手を伸ばす……と思っていたのだが、なんと彼女は顔の方をキノコのお菓子に近づけて、子犬が食事するようにパクッとお菓子を食べた。


 この子、お菓子は俺の手から食べるものというように学習しているのだろうか。

 柔らかい唇の感触にくすぐったさを覚えながらも、食べやすいように手を広げて口に入れてあげると……ひめはふにゃっと膝から床に座り込んだ。


「しゃ、しゃくしゃくでしゅっ」


「ひめ、落ち着いて。何を言ってるか分からないよ」


 タケノコと同じく、キノコもひめの心を強く打ったらしい。

 幸せの甘みに骨抜きにされてふにゃふにゃになっていた。発する言葉も全部かみかみで、何を言っているのかまったく分からない。


「――サクサクです! クッキー生地がシットリしていたタケノコとはまた違う触感が味わえますね。キノコ……やるとは思っていましたが、想像以上にやるようです。で、でも、タケノコも好きだし、これは……どうしましょうかっ」


 ひめが難しそうな顔でお菓子の包装紙を見つめている。

 キノコとタケノコ。どちらを選ぶのか、すごく迷っていた。


「ちなみに……陽平くんはどちらが好きですか?」


「俺? 俺はまぁ、タケノコかな? キノコも好きだけど」


「――じゃあタケノコにします! えへへ~♪ これで陽平くんとおそろいですねっ」


 ……本当に、ひめはいい子だなぁ。

 二つとも自分のものにする、という選択肢がまったくないのだろう。こんなに迷っているのに、片方は姉の聖さんにあげることを当たり前のように決めているのだ。


(今度は多めに持ってこようかな)


 今日は聖さんがいると思ってなかったので、今度からは二人分を用意しよう。

 そう思わせてくれるくらい、ひめはとても優しくて素敵な子だった――。

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