第11話【研究の協力】2

 太陽が真上を過ぎた頃。王都の門をくぐり王城まで続く道を馬車で進み、ようやく目的地に着いたらしい。

 

「さぁ着いたよ。先に君の父君に到着の挨拶に行ってから研究所へ向かおう。少し歩くからしっかり僕に着いてきて」

「わかりました」


 クライムが先に馬車を降りいつものようにエヴァをエスコートするが、差し出されたその手と彼の顔を正面から見た瞬間、再びボンっと顔が赤くなった。

 エヴァが出るのを待っていたアレクシスが不思議そうな顔で覗きこむと、「な、なななんでもございません!」と大きく頭を振りかぶる。

 

 忘れていたキスのことを思い出したなんて言えないエヴァは、顔を伏せたままクライムの手を取り優雅とは言い難い足取りで急いで馬車から降りた。彼はいつもどおり騎士に徹するようでサッと距離を取り他の騎士と共に周囲を警戒し仕事に戻る。

 面白くない。実に面白くない。


(なんでクライムは何にもなかったみたいな感じなの? 意識してるのは私だけってこと!?)


 何事もなかったかのように行動するクライムにふつふつと怒りが湧いたエヴァは、アレクシスに近づき「行きましょう」と声をかけた。貴族らしく流れるようにエスコートをして二人の様子を面白がるアレクシスは、エヴァにだけ聞こえるようにこっそり話しかけた。


「何かあったのかい? クライム君を凄く意識しているようだけど」

「いいえまったく? これっぽちもなんでもございませんわ!」


 ぷりぷりしながらアレクシスを引っ張るように歩くエヴァ。アレクシスは無表情を維持しているクライムを横目に見てニヤリと笑いながら、エイブラハムのいる聖騎士団へと向かい無事を喜ばれた後、すぐに魔法研究所内の回廊を進んでいった。


 

「わあぁ」


 城内の敷地内にある魔法研究所の回廊を進み中央まで来ると、そこにはエヴァが見たこともない世界が広がっていた。

 大きな天球儀のようなものが真ん中に吊るされており、壁にはびっしりと本が並べられ、ローブを来た魔術師たちが行き交い中には見たこともないような光の玉が飛び周ったりしていた。


「さあ、もう少しだ。こっちへ」

 

 アレクシスに導かれ奥まった回廊まで案内されると、黒い扉に辿り着く。

 中に入ると広い室内には薬品や古い本棚、赤黒い何かが詰まった瓶が大量に置かれ、異様な雰囲気が漂っている。

 何かしら作業をしていたらしい魔術師たちもゾロゾロと奥からやってきて皆一斉にエヴァに注目した。

 

「ようこそ、僕の吸血鬼研究室へ。皆、こちらが先日説明した吸血鬼を惹き寄せる血を持つブラックフォード家の伯爵令嬢、エヴァ嬢だ。くれぐれも失礼のないように」

「は、初めまして。エヴァ・ブラックフォードです。ほ……本日は、よ、宜しくお願いいたします」


 いつもの人見知りを発揮し緊張しながらカーテシーをしたエヴァに、日々魔術を用いて吸血鬼のことを研究している魔術師の皆は各々興味深そうに挨拶をしてくれた。


「わたしたちも貴女の血の研究をすることが出来て嬉しいです。でも一番気を付けてほしいのはわたしたちよりそこのカークランド室長ですよ。エヴァ嬢に既に失礼をしたのではないですか?」

「こらこらカタリーナ君、誤解を招くような言い方は……」

「あ、はい。既にもう何度か……」

「あはは! やっぱり?」


 アレクシスの性格を把握しているからこそなのか、一人の女性魔術師が当たり前のように失礼があったことを突っ込んだのでエヴァもつられて笑ってしまった。アレクシスがエヴァに恋愛感情がないのは態度で分かるし、研究に協力する以上もう求婚してくる理由はないだろうと警戒も薄れていた。

 場が和んだところでそれまで黙っていたクライムがサッと前に出る。


「それで、研究に使う予定の魔法陣は安全なのでしょうか? 宜しければ確認させていただいても?」

「……貴方は?」


 一人だけ怖そうな雰囲気を出すクライムに、アレクシスは忘れてたと失礼なことを言いながら彼を皆に紹介した。


「エヴァ嬢の騎士だよ。ブラックフォード伯爵がだした彼女をここに迎えるための条件さ。彼は恐らく吸血鬼が原因の記憶喪失みたいでね、後ほど彼も陣で解析する予定だからそのつもりで。さ、調べるなら遠慮なくどうぞ?」


 最後はクライムに向けた言葉で、ダンピールだと伏せたままエヴァを連れて皆で魔法陣へと向かった。


「この魔法陣の基礎は大昔のを元にしているけどほとんど僕が手を加えたもので、細かいところは皆で調節しているんだ。どうだい? 凄いだろう?」

「……確かに……特におかしなところは見受けられません」


 エヴァにはさっぱり分からないが、魔法が使える人には分かる術式らしい。魔法は力そのものを指し、魔術はそれらを組み合わせたものという程度の知識はある。

 クライムは確かここに居る彼等と同じような自然魔法は使えないと思っていたが、どうやら父、エイブラハムに頼まれたのかメモを見ながら安全確認しているようだった。

 

「それじゃ、安全確認もとれたことだし、早速始めよう」


 パンっと手を叩いて笑顔でエヴァを振り向いたアレクシスは、魔法陣の上に立つように誘導した。

 クライムは「先に俺が」と言ったが、こっそりと「ダンピールである君だと魔法陣の術式がどうなるか未知数だから、後にしてくれる?」と耳打ちされ渋々引き下がる。

 

 エヴァは魔法陣の上でドキドキしながら手を胸の前で握り、ゆっくりと息を吐く。

 魔術師の皆は魔法陣を取り囲むようにして手をかざし、一斉に魔法を発動した。

 

 瞬間、ピリリと空気に電気が走るような気配と共に、エヴァを中心に赤黒い光がぶわっと吹き上がった。


「っこれは……!」


 アレクシスが嬉しそうに叫ぶ。

 彼にも分かったようだ。この光が吸血鬼の魔法によるものだと。


「エヴァお嬢様!!」

「ク……クライムっ」


 地鳴りのような音が響き室内に突風が発生する。


(く、苦しい……っ! これはどういう状態なの! 大丈夫なの!?)


 息もしづらい程の風と轟音、赤黒い光がエヴァを包む。エヴァからでは周りの様子は見えないが、叫び声が微かに聞こえるので他の魔術師たちも手に負えていないのかもしれない。


「エヴァ様!」

「クライム!」


 光の奥からクライムの声が聞こえたので一生懸命手を伸ばすと、ガシっと力強く掴まれ陣の外へと引っ張られた。すると鳴り響いていた轟音や光が一瞬で治まり、気づけばクライムの腕の中に。

 

「あ……」

「ご無事ですか?」

「う、うん……ありがとう。でも……魔法陣から出て大丈夫だったの?」


 心配そうな顔をして覗きこむクライムに至近距離で見つめられ恥ずかしくなったエヴァは、俯きながら答え辺りを見渡した。室内はぐしゃぐしゃで悲惨なことになっており、魔術師たちも何人か倒れていてこちらを気に留める余裕のある者はいなかった。一人を除いて。


「いやあ~凄い、凄いよエヴァ嬢! さっきのとてつもない力は君から発生した吸血鬼の魔法によるものだよ! 僕の予想どおりだ!」

 

 パンパンパンと大きな拍手をしながら興奮気味に笑いかけるアレクシス。その様子に若干引きながら恐る恐る訊く。


「つまり……何が分かったのですか?」

「つまり、君のその体質は吸血鬼が原因ってことさ! それもかなり力の強い吸血鬼による呪いか何かだね」

「呪い……」


 確かにこんな体質は呪い以外の何物でもなさそうだが、原因が分かったところでそれ以上のことが分からなければ消すことは出来ない。

 しかしアレクシスは嬉しそうな顔とは裏腹に、突き落とすような現実を言った。


「そう、現状では僕等に君の呪いを解ける術はない、ということが分かった。それ以上のことも、吸血鬼の魔法の力が強すぎて何も分からなかった」

「そんな……!」


 最初から上手くいくわけがないとは思っていたが、こうもハッキリと無理と言われてはショックを隠せない。


「ただ、原因が力の強い吸血鬼によるものだと分かったから、王都にいる高位貴族の吸血鬼なら何か分かるかもしれないけど……なんなら現存している彼らの内の誰かが君の血に呪いをかけたとか? いやだとしても男子は優秀なハンターに強化されているから一体何のために……? どちらにしろ彼らは気紛れで気難しいからなぁ。知っていたとしても教えてくれるかどうか……」

「……そうなんですか……」


 結局ほとんど何も分からなかったようなものだ。吸血鬼相手ではエヴァにはどうにも出来ないし、思っていた結果にならず落ち込んでしまう。

 

「まぁまぁそう落ち込まないで。まだまだ魔法研究は進化しているんだし、いずれこの呪いを解く方法が見つかるかもしれないからね。さ、気を取り直して次はクライム君、陣に入って」


 折角の機会を逃すまいと急かすアレクシスは、周りにいる魔術師たちも起き上がらせて次の準備に取り掛かろうとしていた。

 エヴァのことを心配そうにするクライムに大丈夫と笑いかけてから後ろに下がり、次の実験を見守る。


 先程と同じように今度はクライムが陣の真ん中に立ち魔術師たちが一斉に魔法を発動した。

 しかし、今度は不思議と何も起こらない。


「あれぇ? おかしいな。さっきのエヴァ嬢の実験後だから陣の力が弱くなったかな?」


 皆各々魔法陣を確認するが、特におかしなところは見つからないらしい。


「何故かクライム君の血の記憶は何も解析出来ないようだね……。ちょっと僕にも原因がわからないよ。ちなみに既に思い出した記憶とかはある?」

「……昨日、お嬢様に似た吸血鬼ハンターだった女性と行動をしていた、という過去を思い出しましたが……具体的な時代等はまったく……」

(私に……似た?)


 一瞬、ドキリとした。

 

 昨日、思い出した――――。

 

(ひょっとして……その女性に似ているから……昨日キスしたの?)


 ズキッと胸が痛む。初めて聞いたクライムの記憶。

 いや、考えすぎかもしれない。そもそも両想いになったのかどうかも分からない。キス一つで両想いだなんてエヴァの勘違いかもしれないし、告白されてもしたわけでもない。何もかもがハッキリとしないのだから。


 もやもやした気持ちでいると、結局実験は続行不可能となり他に出来る検査としてエヴァとクライムの血を少しだけ採血し、研究の協力は終了した。

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