第二章

第7話【婚約者候補?アレクシス】1

 翌朝。

 首元の傷を隠すためリボンで飾りをつけ、それに合わせたデイドレスにしてもらい午前を過ごしていたら、予告のない来訪があった。


「アレクシス・カークランド様……?」

「は、はい。まだ王都にいらっしゃる旦那様からの手紙を持参されており、お嬢様に婚姻を申し込む許可を頂いたと……」

「なんですって?」


 カークランドという名字はどこかで聞いたことあるようなと記憶を巡らせたが、社交界に出る機会がなく家庭教師からしか情報を得ることのないエヴァにはピンとこない相手だった。

 

 そもそもあの厳格な父であるエイブラハムから許可をもらったことに驚くと同時に、父がクライムを婚約者候補から明確に外したことを理解しショックを受ける。

 屋敷に長年勤める者ほぼ全員がその認識だったらしく、老執事も若干狼狽えながら客人が待つ応接室へとエヴァを案内した。 

 

 部屋の前には既にクライムが待っており、いつもどおり無表情のままエヴァに挨拶を済ませると二人で部屋に入る。


「や~や~これはお美しい!」


 入って早々、焦げ茶色の長髪を青いリボンで結んだ一見柔らかそうな雰囲気の若い紳士が立ち上がるなり、まるで演劇のような大袈裟な動作で両腕を広げた。

 エヴァの手を取り手の甲に唇を落とす紳士の挨拶をすると、藍色の瞳を細めニコっと人懐こい笑みを向ける。


「初めまして、エヴァ嬢。僕はアレクシス・カークランド。王立魔法研究所で魔法を研究している者だ。この度は突然の訪問にも関わらず迎え入れてくれて礼を言う」

 

 ただでさえ人見知りのエヴァは初対面でぐいぐい来る彼に顔を引きつらせながらも、頑張って淑女の笑みで応えた。


「は、初めまして……。ブラックフォード伯爵の娘、エヴァと申します。王立魔法研究所……のお方なのですか?」


 エヴァの記憶では王立魔法研究所といえば国唯一のエリート魔法使いが集う場所でローブを着ているらしいが、見れば一見くらいの高い貴族のような姿なので情報と違い混乱する。


「父はカークランド侯爵でね。僕はその三男なんだ。だからこうして好きな仕事をしていられるという訳さ」

「こ、侯爵家の方……! 失礼致しました」

 

 慌てて距離を取り慣れないカーテシーをすると、アレクシスは「お気になさらず」と笑ってくれた。

 どうやらあまり貴族のマナーに厳しいたちではないようで安心したが、格上の貴族が一体自分に何故……? と混乱を隠せない。


「僕の研究分野は主に吸血鬼のことでね。先日君の父君であるブラックフォード伯爵と祭りの事件を一緒に捜査していてたまたま君の話を聞いたんだよ。それで僕は君の血に興味を持ったんだ」

「私の血、ですか?」

「そうさ! 吸血鬼を魅了、惹きつけるなんて実に羨ましいじゃないか!」


(羨ましい……ですって?)


 信じられない言葉に思わず眉間にシワが寄る。

 この力のせいで一体何人の大切な人達が亡くなったと思ってるんだろうと不快な気持ちになった。


「それに君はとても美しい! 血のように赤く美しい髪に灰みがかった青緑色の瞳、これが吸血鬼好みの見た目なんだね」

「ちょっ……!」


 そう言ってベタベタと髪やら頬やら触ってくるのでゾワッとしたエヴァは払いのけようと一歩下がる。けれど彼は全く意に介さない。


(なんなのこの人!? 私にじゃなくて本当に血にしか興味ないじゃない!)

 

 あまりの無礼さにさっきから置物のように護衛に徹しているクライムに助けを求めるため目をやると、既にエヴァの視界は黒い騎士服の背中でいっぱいになっていた。


「アレクシス様、エヴァお嬢様にご無礼はおやめください」


 アレクシスから守るように二人の間に立った騎士、クライムは鋭い目で睨みつける。


「おや失礼、僕としたことがつい興奮してしまって」


 アレクシスは悪びれた様子もなくすんなり下がった。急に出てきた騎士には全く興味がなさそうである。

 ほっとしたエヴァはこほん、とひとつ咳払いをして聞きたかった話題に戻す。

 

「それで……吸血鬼を研究していらっしゃる侯爵家のアレクシス様が、な、何故私に……?」

「そうそう! 忘れてたよ、君に求婚しにきたんだ。僕と結婚してくれないか?」

「え……嫌……です…………」

「まぁまぁそんなこと言わず! 君の父君からも君を口説く許可は得ているんだ。まずは僕を知ることから始めてみておくれ」


 青い顔でぶんぶんと顔を横に振り本気で嫌がっていると訴える。けれどこの男にはエヴァの気持ちなどどうでもいいらしい。

 チラ、とクライムを見るともう先程のように護衛に徹していて真顔で傍に控えるばかり。

 どうやらこの件に関してはアレクシスが物理的に害さない限り我関われかんせずらしい。護衛の鏡のようだ。憎らしい。

 

(目の前で私が他の男に口説かれているのに全く興味がない感じ……少しも嫉妬はしないってこと?)


 面白くない。実に面白くなかった。

 急激に気分が降下し不機嫌になっていく。


 アレクシスはそんなエヴァの様子に全く気が付かない、というより興味がないのだろう。そのまま一方的に自分のことをペラペラと話している。


「……わかりました」

「! では」

「あなたの求婚は受け入れられませんが……まずはお互いを知ることからなら……大丈夫です」


 それだけ言うとアレクシスは喜んだ。

 エヴァ自体には興味がなさそうなのでその反応には複雑だったが、エヴァとしても彼には聞きたいことがいくつかあったので仕方なく敷地内にあるガーデンへと案内することにした。

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