第35話 建国記念パーティー
王宮の煌びやかなホールは着飾った人々でごった返し、上位貴族が集まる第一ホールと下位貴族が集まる第二ホール共に人で埋め尽くされている。
辺境伯の名代として参加したレニーとその婚約者であるアレクシアが第一ホールへと足を踏み入れると、ざわめきがさざ波のように広がった。
久しぶりに姿を現した噂の高慢悪女が、新たな婚約者である辺境伯子息と共に現れたのだから、それも無理からぬことである。
王子よりも格下の相手と婚約したと
「ヴァンフィールド辺境伯子息って、あんなに素敵な方だったかしら……?」
「今までも王宮舞踏会に参加されたことはあるはずですよね? あの上背と体格で目立たないはずがないのですけど」
「ああいうタイプの方は、なかなかいらっしゃいませんよね。野性的というのかしら……」
今日のレニーのジャケットは黒に近いグレー。襟と袖口は黒で、その部分にアレクシアの髪を思わせる銀糸で刺繍が施してある。ベストはシンプルな黒。
白いクラバットを留めるのはサファイア。これは「アレクシアの瞳と同じ色だから身に着けたい」というレニーの希望で取り入れたものだった。
モッサリしていた髪はアレクシアが整えた。髪の下部は短く、上部は長めに残してある。サイドの髪は、ゆるく後ろに流していた。
もともと持ち合わせていた男性的に整った顔立ちと鍛え上げられた体、それらに堂々とした態度と洗練された服装と髪型が加わって、多くの女性の視線を集めていた。
特に目の肥えたマダムたちに好評のようである。
一方のアレクシアは、青のオフショルダーのドレス。裾にいくほど色が濃くなるグラデーションのスカートが、銀糸の繊細な刺繍がたっぷりと施された白いスカートの上に重ねられている。
細い首を飾るのは、真珠の三連ネックレスの中央に紫がかった青――レニーの瞳の色の宝石をあしらったもの。
容姿の美しさと物怖じしない態度はいつものことだが、その表情は今までと明らかに違っていた。
エスコートするレニーを時折見上げるときの、柔らかな微笑。
“高慢悪女”のそんな表情に、男女問わず釘付けになった。
「なんだかお幸せそうですわね、アレクシア嬢」
「ええ。お美しさに一層磨きがかかったようですわ。素敵……」
「殿下も惜しいことをなさったよなあ……」
「元はといえば殿下が浮気したんだから被害者だよな」
「誰だ悪女なんて言ったやつは」
「お前だよ」
周囲のそんな会話も、二人にとってはどうでもいいことだった。
「王宮のパーティーもたいしたことはないでしょう? レニー」
「本当はとても緊張しています」
「あら、あなたがこの会場で一番素敵なのですから、堂々となさって?」
「努力します……」
楽隊が奏でる音楽の曲調が変わり、入場を告げる声とともに国王と第二王子マクシミリアンが階段から降りてくる。
王の傍らには側室エレノーラ妃の姿はなく、王の顔色も悪い。
それはそうだろうと思いながら、アレクシアは皆に向けた王の挨拶を適当に聞き流し、音楽が始まるのを待つ。
「一曲踊りましょう、レニー」
「はい」
ホールの中央に出て、二人で踊る。
意外にもレニーはダンスが上手だった。
正式指名を受けていなかったとはいえ、高位貴族の後継者としての教育は当然受けているし、もともと運動神経が良く体幹も強い。
洗練されたダンスを披露する美しい二人に、周囲はまた感嘆のため息をついた。
「お上手ですわ、レニー」
「あなたも。そしてとても美しいです、アレクシア」
「ふふ、それもお上手ですわね」
見つめ合い、微笑み合って踊る。
そんな二人を、マクシミリアンは複雑な表情でじっと見ていた。
ダンスが終わり、二人で壁際に下がる。
レニーが飲み物を取ってくると言い、アレクシアから離れた。
それと同時にアレクシアに歩み寄り、隣に立つ女――ミレーヌ。
少し離れた壁際に控えていた王宮騎士が、こちらに近づいてきた。
おそらくアレクシアの周辺を警戒するよう伝えられているのだろう。これ以上ブラッドフォードの怒りを買うわけにはいかない王の配慮というわけである。
アレクシアもレニーも、王宮騎士がずっとこちらを気にしていることには気づいていた。
「バークリー子爵令嬢。こちらの第一ホールは高位貴族の方々のみとなっております。第二ホールへお下がりください」
騎士がミレーヌに話しかける。
扇子を握るミレーヌの手に力が入った。
「少しだけ話をさせてもらえるかしら?」
「! ブラッドフォード侯爵令嬢、しかし……」
「ホールの移動は本来そこまで厳しく制限されるものではないわ。わたくしの婚約者もすぐに戻ってくるし、あなたもわたくしを守ってくださるのでしょう?」
にこりと笑うと、騎士が頭を下げて一歩下がった。
皆ホールに入る前には魔道具でボディチェックを受けている。少なくとも武器を持っている可能性はない。
「わたくしに何かお話がおありなのでしょう? ミレーヌ嬢。あなたのお話を聞いて差し上げる義理はありませんが、この際面倒なことはすべて片付けてから辺境伯領に戻るつもりですの」
ミレーヌの方を見ず、前を見たまま話す。
周囲の人間が、こちらをチラチラと見ていた。
いつかの光景によく似ていると、アレクシアは密かに笑う。
「殿下に何があったのですか。ようやく離宮での謹慎が解かれたと聞いたのに、今日もいらしていない……。またあなたがかかわっているんでしょう!?」
「わたくしから言えることは何もありませんわ。殿下に手紙でも出されてはいかがかしら。検閲はされるでしょうけど」
「……っ、手紙なんて……! 謹慎中の殿下に手紙を送ったのに、帰ってきたのは「もう終わりにしよう」という言葉だけです!」
アレクシアは少し意外に思った。
クリストファーは復縁を迫る前に、ミレーヌのことは清算していたのかと。
たしかに彼はあのとき「ミレーヌとはもうなんでもない」と言っていた。
ようやくミレーヌに視線を移すと、彼女は涙目になっていた。
「いい気味だと思っているんでしょう。クリストファー殿下の公爵位すら怪しくなって、私は殿下に振られて……」
「わたくしは根に持たないタイプですから、気にしていませんわ。あなたにもクリストファー殿下にももう関心がありません」
「……っ、その余裕な態度に腹が立つんです! あなたは美しさも豊かさもなんでも持って生まれて、愛する人も手に入れて、殿下も……たぶんあなたに未練があって。さぞ気持ちいいでしょう!」
周囲の視線がさらに集まる。
アレクシアが視線をよこす人々を見回すと、彼らはわざとらしく視線をそらした。
「八つ当たりされても困りますわね。わたくしが恵まれているのは認めますが、すべてを持ってなどいませんわ。あなたのようになりふり構わない貪欲さと
「な……っ!」
怒りをあらわにするミレーヌに向けて、アレクシアは笑みを浮かべる。
女性でも見とれずにはいられないその表情に、ミレーヌは気勢をそがれた。
「馬鹿にしているのではなくてよ。事実、あなたはわたくしにはないものを持っているわ。それを存分に発揮すればいいでしょう? 殿下が欲しいのならその貪欲さであきらめなければいいし、公爵位すら怪しい男に興味が失せたのならその狡猾さで別の男性を探せばいい。ただそれだけですわ」
「……」
「一度はこのわたくしから婚約者を奪い取ったほどの
いつの間にかすぐ近くにいたレニーにアレクシアが歩み寄る。
幸せそうに微笑み合う二人を、ミレーヌはただ見ていた。
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